2012年1月27日 (金)

テキサスの大風呂敷

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テキサス/texasといえばサンアントニオ/san antonioが思い出深い。
アラモの砦がありそこにはインディアンと闘った幼年兵の辞世の言葉も記されていた。
メキシコ国境近くに行くほどメキシカンを多く見かけるのんびり風がいつも吹いている、だだっ広い、いたって刺激の少ない土地柄という印象がある。

御地を何度か訪れた際にお世話になった方がいる。
帰国後、日本的想いを込め、お礼のしるしとして花柄模様の大きな風呂敷を送付、快く受けてくださった。
くれぐれも使用法を間違わないようにと但し書きを添付して!
しかし物を包む習慣のないアングロサクソンである、やはり大間違いは起こった。その女性は日本のネッカチーフとしてその大きな風呂敷を首に巻いて通勤しているとか。
まるで日本の屋台のおばちゃんと同じだが仮にその大きな風呂敷で頭を覆おうと腰に巻こうとご本人がお気に入りならそれで良い。愚生はただ笑いを堪えていればそれで済むことである。

お住まいはアーリントン市、ご多分に漏れず人種のるつぼである。
またテキサスレンジャーズ/texas rangersの本拠地でもあり今、ダルビッシュ有投手のトレードで盛り上がっているとか。

そのダルビッシュは血族的には日本人の母に生まれ日本で育ったらしい。
今、’がんばれヤマト魂’一色の報道は正直なファン心理を代弁しているにしてもダルビッシュ自身それを受容しているのか、迷惑と思っているのか、ダルビッシュのアイデンティティ/属性/identityを愚生は知らない。
そもそもナショナリティとアイデンティティは一致すると短絡した島国的思考が生み出すごった煮の如き報道姿勢は如何なものか。

もしも外貌はアイデンティティの吐露だとするなら、ダルビッシュのひげは伊達ではないのですぞ、ファンのみなさーん!!

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アイデンティティ、特にそれが民族を語るとき、そこに内在する矛盾、恐ろしさを語っているのが「アンネの日記」であり人々はアンネ・フランクが重く主張したところを熟知している筈である。ちなみに本書はユダヤのアイデンティティの高揚に、そしてイスラエル建国に重要な役割を果たした。つまり少女の文章の力が世界を変えたともいえる。

近頃、妙な事に純粋な日本人、純粋なアメリカ人なる単語を発するやからを目にする。中には純粋なユダヤ人なる単語も徘徊しているらしいがこれには笑いを超えてしまう。

生物学的にははるか昔にハイブリット化している日本民族とやらのアイデンティティ/拠り所をなお血族に求めるのも、また出生地に求めるのも好き好きだろう。
ならばアイデンティティはどの時代までさかのぼる事が出来るのだろう。明治以降か、中世か、弥生時代か、縄文か、或は二十数万年前のアフリカに求めるか、数百万年前の類人猿に求めるのか、それこそAKBからチョンマゲ、お猿さんまで各自の選択は勝手だ。

しかし我々は’日本人’というアイデンティティを他国の民族に押し付けた愚かさを戦争より学習した筈である。
また北海道には維新という大革命で蝦夷に渡った喰いっぱぐれのサムライどもが先住者に仕出かしたとんでもない悪行、つまりアイヌ民族のアイデンティティを剥奪し、つい最近まで彼らを土人と蔑んだ醜い歴史がある。勿論、喰いっぱぐれた御先祖様の子孫が宣う矛盾は承知の上である。

余談だが北海道には腹案という大風呂敷をおっぴろげて日本政界のカオスを見事に演出しているノーテンキな御方がいる。
自らのアイデンティティは宇宙人と名乗る気楽な御仁に効く妙薬を誰か持ってないか。

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2012年1月 8日 (日)

タケゾウちゃん

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武蔵の独行道の一つに「我事に於いて後悔せず」として登場する’後悔’という単語がある。
小林秀雄は自著の中でそういう小賢しい方法はむしろ自己欺瞞に導かれる道であり後悔したければするがよい、いずれ今日のことを後悔しなければならぬ明日がやってくるだろう。
日々、自己批判に明け暮れる道をどこまで歩いても、批判する主体の姿に出会う事はない。
別な道がきっとあるのだ、自分という本体に出会う道があるのだ、後悔などというお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろと武蔵は語っているのです、と述べている。

菊池 寛もこのフレーズが好みだったらしく揮毫を請われればよく書いたらしいがはたしてその深意をどの様に解釈したのか興味のあるポイントでもある。「我れ事」と書いていたとされる直筆の書を愚生はまだ見ていない。

以下、思いつくままに。
禅僧の云う’無我’というもの、その’我れ’を完全焼却して完全な’無’なる状態が創られたなら後悔というカビは繁殖出来ないし、そもそも論理的にも成立しないだろう。
それが不完全焼却状態であるならばそこに有機質が残存する以上、’後悔’というカビは条件次第で繁殖するかもしれない。

では何故、こんな単純すぎる屁理屈を書くのか?
理由はいたって簡単、そもそも’無我’なるものを内から自得せず、或は自得できずに書く矛盾を曝すためだ。
そんなことを踏まえた上で小林秀雄を読みかえすのもまた楽しい。

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作家は「私の人生観」大和出版p,42で次の様に述べている。
それを武道家の云う「我が事」と読むならばそれは今日まで自分が生きてきたことについて、その掛け替えのない命の持続感というものを持て、という事になるのでしょう。そこに行為の極意があるのである。
その極意に通じなければ事前の予想も事後の反省も影と戯れる様なものだと宮本武蔵は言っている・・・。

どうやら「我れ事」と「我が事」の間以上に戦乱期の’もののふ’と作家の間には溝がありそうだが愚生の理解度はいまだ宮本村のタケゾウちゃん以下のものである。

出頭してきた元オウム信者の平田容疑者に問うてみたい。
人生最大のミスマッチだとするならば17年の長きに渡って我が命を賭した信仰とやらと自身の間にもし’後悔’なるものがある、若しくはあったのなら殺った、撃ったなどの仔細に興味はない、平田修行者が観る’後悔’の意味を知りたい。

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2011年12月25日 (日)

牛丼1杯、280円

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各牧場には馬頭観音さんが祀られ、速く走れないサラブレットさん、子供を産めなくなったお母さん馬達を供養している。
また獣魂碑も同じく、従順なこころと余りにも澄んだ眼を持って無垢な生き様を晒した動物たちを祀り、供養している。
しかし今、厚労省の言い方を借りるとそれらの供養塔は動物性蛋白源に対する免罪符でしかないのかもしれない、それを不可避的に良としても、不平不満を語らず時には家族以上の存在でもあった者達に対する人々の深い想いが込められているのだろ。

ユダヤ人を両親にもつ、ピーター・シンガー/peter singerは’なぜ動物を喰らう事が道徳的に是認できるのか’と問われ、1970年代に著した「動物の開放/animal liberation」は世界的ベストセラーになった。
シンガーは功利主義を用いて理路整然と幸せは善で、苦しみは悪とお題目を唱えたところから動物権利運動/animal rightsだの/animal peaceといった社会運動が起こり、それは主にアングロサクソン、ゲルマンが多く住む国でより活性化し、各国の実験動物を扱う研究施設は動物愛護団体から襲撃を避ける為に恰も核シェルターの如き様相を呈していたが日本では殆んどなかったように思う。

いまでも彼等は菜っ葉しか食べないとする菜食主義という欺瞞に満ちた行動を取り続けているのか甚だ疑問だが功利主義に含まれる判断基準の一つである’動物の苦しみ’はデジタル化、図表化できず、また生物の生きる価値を何故か’知性’に求めた為、必然的に主観的要素が介入してしまった。つまり言語を欠くが故の本論の難しさと共に何故かしっくりしない論法に十人十色の直観と本能も入り込み、本来学問の持つ怪しさも少なからず感ずる。
生物の生きる価値を’知性’に求めたことは必然的に種による差別化が生じる、ゆえにカンガルーだのクジラを喰う、喰うなの屁理屈の応酬に繋がるがその頃はまだ捕鯨が槍玉に挙がっていないのも妙である。
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昨今、福島原発事故地周辺で立ち入り禁止区域が設定されそこには痩せこけたいろんな種類の動物たちが画像として映し出され、その中には軽度の放射能を被って逆に生き永らえた肉牛さんの姿もあった。
それを茶の間で眺める我々は肉牛さんに対し直観的になにを思うのか、その問いを己の中に引き込み問い直すか否かは勝手だが、束の間の自由を得て喜び遊び回る肉牛さんに拍手を送る人もいれば、哀れに思う人もきっといるだろう。

ホモサピエンスが遠い親戚である多毛の四足動物を考える場合、今後如何ほど動物の脳科学が進歩しようが動物の内面を我々は完全には理解できないだろう。
しかし屠殺場/食肉処理場に搬入された動物がそこで血の匂いを嗅ぎ、そこがどんな所か分からない動物などいない。

大脳が破壊され、放血されるまで暫しの時間、その脳内の活動電位とある種の鳴き声を聞いた人のミラーニューロンの活動電位とはたしてどちらが極限に近いのだろう。
肉を喰らうことに対してアイヌはその魂を送りカムイに心より感謝してから頂き、仏は抑制的ながらも否定せず、イズラムは何故か豚だけを断ち、西洋の神助に至っては神よりの贈り物とそれぞれが勝手に都合よく考えた。
それぞれのカミ、ほとけ等はこんな非人間的な論理を知らず知らずのうちにあまりにも人間的に解釈しているがそれをして思想という人もいる。

それらmaterialsはやがて化粧品、医薬品などにも形を変えるがピーター・シンガーは自説の対側に潜む数倍の逆説と葛藤している様子が行間に垣間見える。
しかし愚生はその説を大きく凌駕する肯定或は否定説にいまだ出会っていない。

そんな幼稚な事を書きながら牛丼1杯280円が高いか、或いは安いか思いめぐらす悪徳なもう一人の愚生がいる。

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2011年12月10日 (土)

イマジンの六番目の歌詞

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manhattan/nyの72丁目、交差点近くのセントラルパークにストロベリーフィールズ/strawberry fieldsがある。そこにイマジン/imagineの碑が埋まっている。
初めて行った時は見つけられず、翌年も地面に立つモニュメントを想像して探し回ったが見つけられず、道行く人に尋ねたら愚生の足元を指差して先方共々大笑いした。
学生時代によく流れていたビートルズの曲、行けば何故か必ずそこに寄り道して暫しの間ベンチに座る。
公園を行き交う人々の表情にアングロサクソン特有の笑顔が年毎に遠のいてゆくのが実感される。
ニッケル硬貨を一枚置くのが習慣になってしまったがべつに他意はない。

imagine、つまり想像してみろってこと、no heaven/no countriesと当たり前のことを歌っているだけの事である。
しかし9.11ny/nyテロ以降、自由のお国において愚かな事に一時発禁となった

十年以上経過した今、イラン人を父に持つ日ハムのダルビッシュ有が大リーグを目指し、その指名希望の球団にny/yankeesの名もある。
理由はいたって簡単、アラブ系の人々も観客として動員することも一因とか、まさに人の世は移りにけりな、である。

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ジョン・レノン亡き後、オノ・ヨーコは人種という強烈な壁にぶつかりはしたが濃厚で脂ぎっていた1960-70年代を象徴する人物でもあった。

「銀のしずく」知里幸恵記念館設立へ向けて北大の小野有五先生との縁も関連しているのか、オノ・ヨーコ自身も賛同者に名を連ねていた。

もしもimagineに第六番目の歌詞があったならno racism/の一語が入っていたかもしれないなどと勝手に思う事もある。

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2011年12月 5日 (月)

ゼロ戦が飛んできた日

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確か1970年代だったのだろうか、アメリカ本土より帰国の途中オアフ島に寄り、カラカウワ通りに面したホテルで数日過ごした事がある。今そのホテルはマリオットと名称は変わったが当時はたしかリージェントホテルではなかったろうか。

当時、50歳代のある日系ルームメイドさんが愚生の宿泊していたオーシャンサイドの部屋でベッドメーキングの際、西方のホノルル国際空港があるパールハーバー上空を指差し「三十数年前の12月7日、日曜日の朝、日本軍のゼロ戦がいっぱい飛んできました、湾に停泊していた船が沢山燃え、怖かったでした」と自らの目で見た真珠湾攻撃の惨状を英語混じりのたどたどしい日本語で説明して下さった事が今も心に重く残っている。

それに対し御地におられた日本人、日系人等のその後に蒙った被災に対して労わりの一言も発っしなかった同系の一人として恥ずべき行為でもあった。

戦史によれば根室の隣のエトロフ島より大艦隊で出港しハワイを目指したそうだが何処の国の船舶にも知られる事なくハワイ真珠湾基地を急襲、大戦果だと日本人は子供の如くおおいにはしゃいだそうだが最大の攻撃目標であったアメリカ太平洋艦隊の主力空母は真珠湾にはなかった。

日米間で緊張の高まる中、果たして日本の軍港より主力戦艦、空母の全てがいなくなった事をアメリカが知らないわけがないだろうが、アメリカはいまだ日本海軍の侵攻を知らなかったとする公式の見解を自海軍基地の甚大な損失からしてもこの後も変えないだろう。

うすうす急襲を知りつつ、加えてdeclaration of warの遅れがremember the peal harborのフレーズを見事に作り上げたが稚拙な日本の政治手法を手玉に、嫌戦的国民に好戦的ナショナリズムを芽生えさすには充分過ぎる演出であった。

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問題はアメリカをとやかく云うのではなく、勝算なき戦争に突進した往時の政治スタイルとisd条項すら認識していなかった現政権がtppを推し進めるその政治スタイルが余りにも似通っている事だ。

そこから透けて見えることは往時の日本海軍、そして現政権も戦略的思考、技術が決定的に欠け、行動の全てがアメリカ政府の意のままに操られている事である。
他に選択肢は多々あるにも関わらず、親米、保守がうたい文句の松下政経塾出身者等がデフォルトに向かいつつあるアメリカに対し、将来の吉凶が全く予想すら出来ない博打ち的手法を選択したことになる。

画像でしか知らない戦後の焼け野原の残像と、予想される薄ら寒い将来の仮想現実がダブって見えるのは愚生だけではあるまい。

それはtpp参加決定に対してではなく政治の恐ろしいほどの無能化、劣化に対してである。

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2011年11月 9日 (水)

アリをやっつけた男

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今と違って昔のヘビー級の試合は華があった、しかも個性的な役者も揃っていた。
その主役はなんといってもMuhammad Ali /モハメド・アリ/カシアス・クレイだろう。

しかし愚生は何故かアリが子供の頃より大嫌いだった。
別にイズラムに改宗したからではい、マンハッタンでタクシーに乗るとコーランとジャズがラジオと安っぽいラジカセから同時に流れている事もしばしばで、もちろん運転手さんの名前はモハメド・アリなんたらが殆どだが別に違和感はない。

華があるということは毒もあると一概には云えないものの、アリのあの放言癖、横柄な態度がたとえカメラに向けたポーズだったにしてもどうにも我慢ならなかった。

従ってアリをやっつけた男は誰でもが愚生の大ヒーローという今に至る単純すぎる頭脳回路はこの時既に出来上がっていたのかもしれない。

さしずめ、その大ヒーローはJoe Frazier /フレイジャーとLeon Spinks /スフィンクスだろう。

今でもはっきり覚えている。
当時の白黒アナログテレビに写し出された、不可思議な海外同時放送とやらを食入るように観戦、アリが勝つと直ぐにチャンネルを変えた。
逆にこの両者がそれぞれアリをやっつけた時などは、翌日の全国主要紙、スポーツ新聞を全紙買い込み、周囲の呆れ顔、冷たい視線をものともせず何度も読み耽り、至福の時にひたった鼻ったれ時代があった。

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昨日のabc newsに以下の文が載った。

” Ali said, “It was the closest I’ve come to death.”

“The world has lost a great Champion. I will always remember Joe with respect and admiration. My sympathy goes out to his family and loved ones,”  Ali said Monday.

開高 健の云った「男を熱中させるものは危機と遊び」をそのままを実行した男の中の男だった。

ヨーッ、世界一、フレイジャーにカンパーイ!!

と、風呂上りに書き始めて只今深夜、キーボードを叩く指につい力が入り過ぎたのだろう、直前まで外で啼いていたフクロウの声が聞こえなくなった。
こやつ、ミネルバへ深夜のお帰りか!!

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2011年10月19日 (水)

ラリマーのブレスレット

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人って生きてゆく中で時たま心の中の「おのれ」との関係がとっても大事になることがある。
『​アイデンティティ/identityとは自分が何ものかを自分に語って聞かせるストーリーです』とイギリスのお医者さんは云っていたがそのアイデンティティを形作っている一部が消失、或いは変性したときに人はその答えを何かに求める。

自然科学を万能と考え、全ての答えをここに求めようとする人もいる。
医師に問うと、やれ心臓死だの、脳死だのと自然科学者はいとも簡単に答えを出す。
しかしなぜ、「おのれ」の目前で死んだのか、なぜこんな年齢で死んだのか、なぜこんな死に方をしたのか等々、当然あって然るべきこころの原風景にヒビが入ったとき、それぞれの「おのれ」の問いに対するそれぞれの答えを自然科学者は持っていない。

そこに宗教なるものを創作した一要因があるのだろうかなんて勝手に思うこともあるが、お釈迦様にしても、また西洋の神助にしても、全能に仕立て上げられてはいるが所詮まだ勉強不足なのか、それぞれの問いに対し正解を持っていない。

イギリスはケルトの名残があるcornwall地方にはその昔、嫌われ者とされた魔女/witchが今でもいる。
ただしいるとは云ってみた所でその魔女さんは悩み深き訪問者にタロットを用いて向き合うことをある種のビジネスとしている。
その心療的、心理的効果の程はさておいて、日本でもシャーマンさんを排除させることなく今もなお各地に細々とながらも残している。

当否の程はさておき「キリスト、仏教、自然科学だけでは解決できないことがある」ことを人々は昔から分かっていたのだろう。

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人間ってものは問い続ける不思議な動物という証拠なのか。
能はその最たるものなのだろう、時間軸を簡単にひん曲げ、シテを登場させ、過去の引き出しの何処かにしまってある’モノ’と邂逅をこころみる。
引き出しの’モノ’の中には過去完了したモノから、不完全完了なたくさんの宿題、忘れモノ、さては生身の過去の「おのれ」、「分身」まで引っぱり出して今の「おのれ」と対峙させてくれる。
演じる側と観る側は時に反発、時には無視、また時にはリンクし、はては息づかいまでシンクロすることもある。

ある僧職についておられる方はそれを考えることを楽しみなさいと云う。
その’楽しみ’の深意を理解できないが「おのれ」とはなんなのか’の公案に手法こそ違ってはいるが安部公房も良寛も西行も挑戦した。

皆、’おのれが何故存在するのか’その人間存在の意義を問い、アイデンティティを求め続けた、しかし誰もその答えを残していない。

あったりまえの事。

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2011年9月29日 (木)

鹿部沖で釣り談義

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9月27日、快晴やや風が強かったが船上で現役引退された船長と愚生の二人だけでオヒョウ/はりばっと/halibutの獲る場所、方法、お味の談義はとても楽しかった。
この船長はスペイン語が堪能で若い頃は日露漁業の機関士、漁労長として、その弁を借りれば’あの憎っくき200海里法’が施行されるまで世界中を周ったそうである。
アルゼンチンの沖で鯛をトロールで獲り尽くしたこと、その港町のきかない女性のこと、ロサンゼルス沖で獲ったキングサーモンの旨かったこと、そしてアラスカ、コディヤック島沖でトロールで獲った畳一畳半もあるでかいオヒョウに話が及ぶとヒレの天ぷらがとっても旨かった等々、なかなかの趣味人であり、好人物でもあった。

愚生のオヒョウ釣りの記録はエリモで10-30センチ位、カナダではせいぜい1メートル位のもので勿論、そんなお化けの様なオヒョウには開高 健同様にまだめぐり合っていない。

ところで肝心の愚生の釣竿を揺らす様な当たりはなく、時たま小さなガヤ、カジカが喰い付く程度で本命のババカレイはなかなか釣れないのは技術の差なのだろう。
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帰路、円空作のお仏像を拝観させていただきたく有珠の善光寺に寄り道し、寺職第19代目の若和尚に無理を承知でお願いしたところ快諾してもらえた。
大よそ縦60cm、横幅35cm前後の大きさで、ご本体背側に製作年月日と円空(花印)と刻印がなされ、前屈み姿勢で穏やかなお顔立ちは柔和で慈悲に満ち、後期の突き刺すようで、荒々しく暴れ、悩み続け、悩みぬいた作風とは全く異っている。

後世の俗人はやれ国宝だ、重要文化財だのと病的なほどにある種のランク付けを好む悪癖があるが所詮そんなものは円空さんにとって俗事にしか過ぎず、その余りにも強烈な生きざま、死にざまをあえて選択した、その人として、お坊さんとして、また仏師としてその御心を目前に鎮座する木仏より読み取れない自分を円空さんに恥つつ、詫びつつも何時の日にか円空さんを理解出来るような心眼を持ちたいものである。

また大変失礼かとは思いつつ、仏門もくぐりその心得もあった松浦武四郎がここ有珠善光寺に寄り、和尚の読経を聞き、後に確か蝦夷日誌か何かの中で、それをいい加減な経として痛烈に批判しているが、武四郎関連の記録はないとの返答であり、初代、若しくは2代鸞洲(ランシュウ)住職の頃ではないかとの説明であった。

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約130年前の明治11年、シティ・オブ・トーキョー号で横浜港に着いたイギリス、スコットランドの田舎生まれの女性旅行作家イザベラ・バード/Isabella L. Bird女史は既に40歳代の小太りのおばちゃんになっていたがアシスタントのイトー/伊藤を雇い、危険を承知の上で、東京よりテクテク歩き、時にはお馬さんにまたがり東北経由で津軽海峡を渡り、函館から森町へ、そこから船便で室蘭に着き、登別、苫小牧、厚真、富川を経由し目的地であった平取のアイヌ宅で数泊、その帰路、ここ有珠善光寺を訪れた時の様子が自著「日本奥地紀行」高梨健吉訳、平凡社版/unbeaten tracks in Japanの中に詳しく書き残している。

『ちょうどそのとき、頭を剃った僧侶が、色褪せた緑色の錦の衣服をつけ射し込む日光を浴びながら静かに歩いて来て、祭壇の蝋燭に火を灯した。新たに香が寺の中に立ち籠めて、その香気は人の眠気を誘う。まことに感銘深い光景であった』
                  (日本奥地紀行、p346より引用)

その時、住職とイザベラ・バード女史の短い会話の様子も情緒豊かな文章の中に書き残しているので女史訪問の記録の有無も寺に尋ねてみたが此方もないとの事であった。文中の緑色衣服の格式からしてそのお坊さんは第9代、中野梵耕住職との説明であった。

ここ有珠の地はアイヌに対してバチェラー夫妻が聖公会堂を開いてキリストの教えを説き、その前に善光寺が浄土の教えを説いたが、そもそも歴史的には和人と称するハイブリット種よりもはるかに古く遡ることのできるアイヌ民族には日本仏教の原点にも共通する、或いは影響を与えた古来の素晴らしい汎神的宗教が延々と引き継がれているにも拘らず、往時の幕府政策の一環とはいえ、なぜ有珠善光寺はアイヌに改宗を迫ったのだろうか、根源的疑問は消えない。

もしや、少数者のアイヌを劣った民族と解してその宗教性まで否定した上で、文化的にも自らが優位に立つと自惚れた和人が撫育などと称して仏性を説いたのであれば大きな誤りであろう。

「アイヌには先祖伝来の宗教がある、そんなもの必要ない」と怒ったアイヌもきっといたに違いない。

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2011年7月30日 (土)

ある老漁師さん

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ご無理をお願いし、漁師の刺網漁に同船させてもらう。
この船頭さん、一年のうち休むのは元旦のたった一日のみで、とにかく一人で海に出ていなければ気が済まないご高齢の寡黙な人である。
深夜に出港、数十分で漁場に到着の後、前日に仕掛けておいた刺網をドラムという巻き上げ機でどんどん引き上げにかかる。
この夏の時期はマカジカ、マカスペに混じりカレイ類ではマツカワが結構掛かっている。

そのマツカワは大きなものでは60cm前後の♀魚とペアでふた周りほど小ぶりな♂魚が刺網のほとんど同じ部位に引っ掛かって上がってくる。
こんな大物が釣竿に掛かればなんて妄想を抱きつつただ見させて頂くだけだがたまらなく面白い。

くわえ煙草で背筋をピンと伸ばした老船長は時々ドラムに掛からない大物を目の前で獲り逃がしてしまっても、また大きな横波をくらっても平然と作業を続行する姿に何十年と一人で体を張って勝負し続ける、北海道の漁師の男臭さが何処となく漂う。

3・11東北地震の時、当然ながら太平洋に面したこの漁港にも大津波が襲来したそうで漁港に停泊していた自船を沖へ向かって避難するのがあと数分遅れていたならこの船もろともやられていたと独り言の様に仰られていた。

漆黒の中、ただ黙々と続く刺網漁の後姿に命がけの仕事につく人間のみが持つ深い味わいはそうそう陸の上では見られそうもない、昨今、日本人は自信喪失、更にはさい疑的でニヒリズムにおちいり、時に未熟化してゆく中でほっとする人に出会えた。

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夕食のマカジカの三平汁は正に最高、日本人に生まれてよかったと感謝する一瞬でもある。特にマカジカの肝は鮮やかなミカン色を呈し、腫大しているのか、或いは天然の脂肪肝なのか、とにかく比類なきお味である。

病的なまでに食意地の張ったフランス人は悲しげなガチョウに無理やり不味い高カロリー餌を過食といよりは飽食させて人工的に脂肪肝を発症させる。それが若しや肝機能障害を合併しているのではという疑いが払拭できない食材にフォアグラがある。

愚生の貧弱な舌ながら頂戴したカジカの肝はフォアグラの比ではない、食感共々正しく絶品であり、第一級の食材であるのは間違いないだろう。
「ウメーゾ、喰ってみろ!」と朴訥な一言は大いなるプライドの裏返しでもある。

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暗闇の中、左舷側上方に設置された照明が煌々と照らす中、時おり飛沫と一緒に浮かび上がる船長の顔の輪郭は一瞬、レンブラントの光の部分を彷彿とさせ、ヘミング・ウェイ/Hemingwayがカリブの海に登場させた老漁師サンチャゴを想起させるには充分であった。

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2011年7月17日 (日)

小林秀雄のいう常なるもの

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川端康成は問われ「生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。なにを考え、なにを言い出すやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ、他人事にせよ解った例しがあったのか、観察にも鑑賞にも堪えない。そこに行くと死んでしまった人間は大したものだ。まさに人間の形をしているよ。してみると、生きている人間とは人間になりつつある、ある種の動物かな」と答えている。

若かりし頃の川端康成はなにも教条的な事を言っているのではない、しかしその生涯からしても大いなる矛盾を露呈したままの文豪の人生に愚生は明確な解答を持ち合せないがこのフレーズは名言である。

小林秀雄は「この世の無常とは決して仏説という様なものではあるまい。それは何時如何なる時代でも、人間の置かれる一種の動物状態である。現代人には無常という事がわかっていない。常なるものを見失ったからである」と述べているが(p67-70、モオツァルト・無常という事/小林秀雄著、新潮文庫より引用)正しく現在への遺言でもあろう。

ここで登場する’無常なるもの’と日本人のdnaに潜んでいる’無常’とやらは究極的には同根とも考えられるが、そもそも愚生の無常な頭内はその根本的な違いを納得するまで理解できうるほど進化はしていない、ましてその対極に恒常なる単語を引っ張り出してしまうとこの難解な文章は迷宮入りしてしまう。

だが小林秀雄は宣長のいったいろんな解釈を拒絶して動じないものだけが美しい一番強い思想であり、解釈だらけの現代には一番秘められた思想を‘常なるもの‘と表現しているにしても、その巨石のような’常なるものは’東北震災以降ぐらぐらと揺らいでいるのも事実であろう。

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キーワードは’ある種の動物‘であり‘見失った常なるもの‘にある。
鎌倉期の乱世に生きた人々は一言芳談抄の中で’いつわりてかんなぎ(巫)のまねをしたるなま女房’まで登場させ、今生に限らずともその平安を願ったが目先のご利益優先の為の屁理屈だけをのたまっている昨今の政治家、ジャーナリスト、御用学者等の多くはそれが自らを含む全ての消失につながる危険性をはらむ定理と知りつつ、矮小化しながら’ある種の動物’を安っぽく、そして痛々しく演じている。

それ以上に小林秀雄のいう’見失った常なるもの’は全くといってよいほどでてこない、鎌倉期同様、乱世の今こそ再考すべきではなかろうか。

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