2020年2月23日 (日)

喰うか喰われるか

Imgp2530 対極にある、二項それぞれの立ち位置を入れ換えて診る方法がある。
一昨年の秋に拝観させて頂いた法隆寺の、玉虫の厨子に描かれた捨身飼虎図の解釈もそれに当てはめてみると面白い。

喰う方、喰われる方と、それぞれの立ち位置を入れ換え、あえて虎に喰われる方、つまり捨身の方に釈迦をおわせるという、にくい論法を用い、例えば虎が汝であろうがなかろうが、また捨身するものが釈迦であろうがなかろうが古今、原理主義者は漂泊するリベラリストの智をくすぐる。  

作家の亀井勝一郎は、この捨身飼虎図にふれ、名著の誉れ高い「大和古寺風物誌(他)古典美への旅」の中で、「なんじの敵もまた、なんじの恩人」と言い放つ、僧にふれている。(/p68より引用)

亀井勝一郎はこの老僧に対して、一言も私見を残していないが、喰うか喰われるか、或いは生死を賭して争う敵、見方を同一視してしまうが ごとき老僧の深奥には、もしかして二項対立の超克/overcome all possible dichotomiesとでもいうか、例えば菩薩が挑むであろうところの自他の壁、また主客の壁さえも超えることができた者のみが持つであろう、道力をみたのかもしれない。 Imgp2498_2
本図の原画は、中国西端と中央アジア東端が絡み合う地に残り、もちろん中国の敦煌にも残るらしいが愚生は見ていない。

やがて本図が朝鮮に伝わり、修行僧の元暁が瞑想しているときの図は、ただ三頭の温順な虎が周りにいるだけで、そこには捨身も、犠牲の主題もなく、よって飢餓虎はいないと山折哲雄は言う。

もしかして朝鮮では、遥か彼方から伝来した捨身、犠牲の教えを反芻することなく、またfor the people、或いは利他の思考に昇華させることもなく、死語にしてしまったのだろうか。

ここで少し脱線する。
昨今、日本及び日本人に対する、朝鮮人という得体が知れない民族の、恒常的な悪態が鼻につく。
朝鮮人を揶揄する気はさらにないが、朝鮮人の相も変わらず中国に対する卑屈なまでの隷属心と、それとは真逆の日本人に対して露骨に行っている嫌がらせ、蛮行の数々、さらに健常者が行うとは思えない、自己破壊と、病的なまでの興奮を伴う反日劇場に耽溺する、かの国の住民はそこから一体、何を得て、何を失っているのか。

無理とは思いつつも、そんな朝鮮人のみっともない心情の中に、少しは自浄、或いは成熟を期して、『反日種族主義 日韓危機の根源』/文芸春秋社刊を一読してみたのだが、案の定である。

ただ一点、朝鮮人に特有の悪癖である、平気で嘘をつくことを、朝鮮人自らが指摘している事は、ある程度評価してもよいだろう。

さて読後感は本来、執筆者に対する、ねぎらいをもって書くべきところだが、いまだ朝鮮人に宿る安っぽい自尊心と、虚栄心の区別ができない愚行の数々、更には21世紀に至るも尚、信用を失ってまで嘘を武器としてしまう未成熟な思考回路等をかんがみても、いわば日本人が今一番知りたいであろう、朝鮮民族に特有の病理、もっと言うなら病理発生的な視点には、なぜか言及していない。

要するに多々ある、従来の朝鮮人自らに都合よく書きなぐった、三流の図書とあまり代わり映えのしない内容には正直、期待外れであった。

征韓論の賑やかだった頃の諭吉にして、さらには漱石にしても、例えば上記の虚言癖の外にも、時に俯瞰する視線すらも決定的に欠いてしまう習い性には、ほどほど手を焼き、呆れ返ったらしいが、現在の日本人の心情とも共通する。

朝鮮人を弁護する気などさらさらないが、この民族には感情が理性を簡単に超えて自己抑制が不能になる、いわゆる’火病’(ファッピョン)といわれる、日本人には理解できない、精神疾患を有する。

よく知られたこの病気は朝鮮人特有/korean fork syndromeの疾患と定義され、英名:hwabyeong/hwabyungと表記される。
まさしく読んで字の如く、korean fork syndromeとは文字通り、朝鮮民族精神疾患症候群、或いは朝鮮人の国民病であり、アメリカ、ドイツ医学界を含む多くの国でも同様に、朝鮮人に特有の精神疾患と認識されている。

当然、韓国医師会、そして韓国の新聞社である中央日報も、本疾患の恐ろしさを取り上げ、一応啓蒙してはいるらしいが、それぞれの新聞記者自身ですら、本疾患を自覚しているのか、おおいに疑わしい。

この’火病’をもって、免罪符にはならないことは勿論だが、原因の一つとして、過去における近親結婚等が挙げられ、dna塩基配列の異常に言及した説もあるらしい。

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下らない内容が過ぎたので、元に戻す。
本図が日本に至っては、たとえば栂尾の明恵は捨身飼虎の話に感動、触発されなんと13歳のとき、実際に捨身(自殺)を行い、痩せ虎ではなく犬/狼に己の体躯を喰わそうとしたとのことだが、何事もなく、「恐ろしさは限り無し」と記している。

それについては河合隼雄の「明恵-夢を生きる」に詳しい。

その河合隼雄は著書の中で、明恵自身は「捨身」を経て、やがて「母性」への同化の願望を見逃さない。

それやこれや、喰う、喰われる位置の解釈はだれでも、どこでも決して一様ではないようだ。

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2020年1月 6日 (月)

粋な落書き

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ヒトの遊び心なんて、そう簡単に変わるわけがないだろう。
だが最近、マナーとやらの向上なのか、粋な落書きは、もうほとんど見かけない、妙にかしこまった世間は、ちと寂しい気もする。

そんな中、京都はとある古刹の厠で、杉の新しい板目に大きく書かれた落書きを見かけた。
こなれた運筆と、特有のクセ字の英文から察するに、或いは英語圏に生息するであろう、小生意気な野郎の仕業なのか。

このhumorous & ironic、まさに当位即妙とでもいうべき、粋な落書きを以下に引用するが、或いは愚生の側に、mis-spellingがあるかもしれないが、ご了承の程。

♪I'm the Shakyamuni Buddha.I think that any angry person is not wise♪.

これをあえて超訳するなら、
♪わしゃ釈迦だがそこの坊さんよ、あんまりプンスカしなさんな、腹が減るだけだよホニャララ♪、程度のものだ。
しかし、そこが縁起をさかのぼること、700年余りある天台の古寺であることからしても、妙に気になった。

書き加えることでもないが含意するのは、釈迦もどきが曰く、’ひがな一日、仏頂面して座してはいるが、ワシだって用を足すし、落書きもするんだ’と、単純にして明快な公案である。これをこの寺の老師にぶっつけ、ぎゃふんと云わせようとたくらむ、みえみえの魂胆がなんとも愉快である。

愉快と言っては失礼だが、この犯人もまた、仏者のばかばかしいほどの経年劣化を憂いているのだろう。
犯人に限らずとも、参拝者の多くは、山奥の寂寥感ただよう古寺には、世俗的な一切の衣食住を捨てて庵を結び、己の中に仏をたて、いわゆる’無’の境地に挑み、そして楽しんだであろう隠遁者が潜んでいたと、想像するはずだ。
西行、兼好などを挙げるまでもなく、それまでの生き方を問い、お金から、社会的地位に至る、俗事をことごとく捨て去った、いわゆる俗から聖へと移り住んだ、今風に言えば人生をresetした、ある種の変わり者の美学に興味があり、多くの人が参るのだろう。Imgp8287
しかし侘びた本堂の、生け垣のすき間から奥まった所に見えるのは、ご住職の居宅/庫裏なのだろう、或いは21世紀の仏道を象徴しているのかの如く、鼻につく装飾と、贅を尽くした、なんとも場違いな建物であった。

加えて高い拝観料に、高位僧の仏性/intelligenceとでもいうか、叡智/wisdomそのものに何かを感じた犯人が、トイレで釈迦にふんし、落書きで老師の熟度を試す、妙味がある。

果たして、涅槃寂静を説く老師のお怒りは沸点を超えるのだろうか?

落書きを見た人の中には、にやける人もおり、きっとあらぬ想像をかきたれらているに違いない。

言うまでの事でもないが、六道の三悪趣、餓鬼道の物欲、欲望の世界にどっぷりと浸かってしまった仏者もどきが、衆生に剃髪、袈裟懸けファッションで仏道を垂れたところで、外国人にまでも揶揄される、近頃の京都仏教界のひとこまだ。
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さてさて、くだらないイントロが長くなってしまったが、ここから本論に入りたい。 犯人ののたまう'any angry person'を、再読中の「唯識哲学」にあさってみた。

例えば、唯識三十頌の6にはこうある。

『常に、有覆無記の四つの煩悩、我見、我癡、我慢といわれるものと一緒にある』。

ここにある、五位百法のダルマを、つまり心王・心所の無自性性のこと、心王・心所の本性、実性のことで、ゆえに心王・心所をはなれたものではない。というわけで、心王・心所という多数の心法のみが、唯識という唯だ識のみ、ということなのである。
心王・心所という心法といっても、それは自らの内に対象像をもつものなのだから、決して客観に対する単なる主観ではなく、むしろ「事」そのものであることは、すでに何回となく述べてきたところである。

さて唯識では五位百法のダルマを分析するも、それは心王・心所に摂まるのであった。この中、心所は、遍行・別境・善・煩悩・随煩悩・不定の六つの群に分類される。
心法の中にある、病の淵源を実体としての我・法への愛著である我執、法執、ひいては根本的無知としての無明に指摘する。(以上は唯識の研究-『唯識三十頌』を詠む/牧村牧男著/平成4年4月初版/p,42、234、264、274、277より各々引用)。

よく唯識哲学とは、自我と世界の解体と云われるようだが、唯我と、もう片方の他者と、そして世界との構築、或いは再構築のための処方箋とするならば、例えば'any angry person'も解体して、再構築せよと、世親は言うのだ。まさしく世の親のお言葉だが、これが実にむずかしい。

してみるところ、愚生如きの推測では、煩悩の中に’瞋’注1、随煩悩の’忿’注2、’悩’などが、angry/madを含意すると思われるが、さて。

だが随煩悩の’誑’にも厳に書かれているように、愚生如きのヨガ体験もなく、唯識三十頌に弄ばれること、たかだか10年程度に過ぎない、鼻ったれの述べることではない。

 

注1’瞋’とは、苦しみと、その原因に対する憤怒で、主として対人関係の中でおこるものである。これを起せば、身心は安定せず、また、将来苦果を招くべき悪行を犯してしまうこと。

注2’忿’とは、瞋の一種で、とくに具体的に攻撃を受けた時、相手をやっつけようとする動作につながるような、怒りのこと。(前記同本、p264、274より各々ママ引用)。

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2019年7月29日 (月)

現代版のオセロ

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オセロ/othelloの第三幕、第三場といえば、あのイアゴーが詐欺師的な御託でもって、黒人将軍オセロを手玉に取り、若妻デズデモーナの不貞を信じ込ませる有名な場面で、シェイクスピア/shakespeare劇の見どころの一つだ。
例えば、与えられたテーマこそ違うが、忠臣蔵の全篇に流れる内蔵助の、心模様の移ろい同様に、愚生の如きはいまだ飽きもせず、ついつい見て、読んでしまう。

もちろんシェイクスピア劇から、シェイクスピアの、人となりの人生観、哲学、宗教観といった、くだらないことはさておいて、人の世のすさびを知る上でも、せめて高校時代までには、読破しておきたい脚本家の一人だ。
政治家にして、そして戯曲、脚本家にしても、それぞれの守備範囲はもちろん異なるが、そもそもシナリオライターとして最低限のマナーであろうところの、複雑な要因、起こりうるすべての事象を想定、思案しなければならないことは、小学生でも理解していることである。
あえて書くまでのことでもないが、それはいかなる職種でも同じことで、例えるなら難破を想定していない船乗りなんて、いる筈もない。

しかし所詮は人のやること、時には狂うのが人の世の、また面白いところでもある。
同じイギリスには、キャメロン/davit cameronという前首相がいた。
こやつ、一言で表すならタワケ者、もしくは間抜けな男、などと言ったなら礼を失するので、ここでは’能天気者’と書き変えよう。

この’能天気者’、言うまでもなく、今のイギリスを大きく揺るがす、EU離脱問題(brexit/britain & exit → brexit)の提唱者だ。
難問中の難問であり、不問とされたEU離脱の是非をあえて問い、火に油を注ぐが如くに、イギリス全土をchaosのどん底に追いやった主犯だ。
首相として舵取りを任されたキャメロンの無思考、無定見な脚本は明らかに、誉れ高い大英帝国をただ疲弊させ、衰退へと導くものに過ぎなかった。
まさしくキャメロンは自ら、現代版のオセロ役を演じる羽目になる。
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余談だが、そのたぐいの’能天気者’は日本にもいた。
8代将軍、足利義政もその一人で、勃発した応仁の乱は後々、十余年も続いた中世のchaosと言われ、京都の市中は内乱で破壊され尽くすも、首謀者宅では日々、贅を極めた酒宴が繰り返されていたとあることからして、他国事ばかりではない。

よってイギリス議会は、離脱賛成派と反対派の真っ二つに割れ、両論相譲らない、ガチンコ勝負の修羅場と化すのは必然だが、他国からはどう見ても、三流の茶番劇としか見えない悲壮も伴う。
時に大根役者が大見得を切って現れるが、しょぼしょぼと消え去る繰り返し劇には、さすがにもう、うんざり感がただよう。
昨今、またもや首相が入れ代わったが、今度は強烈な自己顕示欲の塊のような政治家(boris johnson)が登場した。しかしこやつも長続きしそうにないことは、誰が見ても、おおよそ想像がつく。
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みっともない痴話ゲンカもどきの現象はまるで、ソフォクレス作、アポロンの神託を受けたオイディプス王の、内なる悲劇、破滅へと進む、ギリシャ悲劇/greece tragedyと同列などと言ってはいけないが、周囲の国々の嘲笑をよそに、キャメロンの脚本による帝国の衰亡劇は今まさに、難破船の如きに大揺れしている。

浅慮な行為がやがて地獄へといざなう心模様を、オセロに見事に演じさせたシェイクスピアがもしも存命だったならば、同じく浅慮な思いつきだけで国家をchaosへと追いやるキャメロンの心模様を、はたしてどのように脚本しただろうか。

あるいはオセロと違って嫉妬、懺悔の欠片もない...義政のように・・・。

まぁ 気楽な人生も また然り ではあるが・・・

                漫筆

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2019年4月 1日 (月)

万葉そして令和

Imgp25661_2 早速、書棚から萬葉集・二(小学館/昭和47年発行/小島憲之・木下正俊・佐竹昭弘校注・訳者/p,67より以下引用)の中から、’令和’の語源となった’令月’を見つけたので以下に。


まず、これは萬葉集巻第五/雑歌/815であること。
そして大宰帥大伴卿の宅(いへ)にして宴する梅花(ばいくわ)の歌三十二首/併せて序であること。


歌は次の通り、下には現代語訳を、共に引用する。
天平二年正月十三日に、帥老(そちのおきな)の宅に萃まり(あつまり)て、宴会を申(の)ぶ。
時に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和らぐ。
梅は鏡前(きやうぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(ばいご)の香(かう)を薫(かを)らす。


しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾く、夕の岫(みね)に霧結び、鳥はうすものに封ぢられて林に迷う。庭に新蝶舞ひ、空に故鴈帰る。ここに・・・・


この序の作者について、大伴旅人。山上憶良・大宰府の何某官人など諸説あるが、旅人自身とみることは無理があろう。日付は太陽暦に直して二月八日、帥老(そちのおきな)は旅人、この時66歳、申(の)ぶは、のべる、開くの意、令月(れいげつ)は、よい月、ここは正月をほめていった。気はあたりの気配、鏡前(きやうぜん)の粉(ふん)は、梅の花の白さを女性の鏡の前の白粉(おしろい)にたとえた。蘭(らん)はよい香りの草の総称。
珮(ばい)はジャコウや香木の類を袋に入れ、腰に下げたもの。後は対句として用いた字で意味は軽い。
羅(うすもの)は、うすもの、うすぎぬ、蓋(きぬがさ)は、貴人にさしかけた、柄の長い傘、岫(みね)は峰、山頂の意、うすものは、うすぎぬの類、新蝶舞ひ、空に故鴈帰るは、去年、渡来した鴈。新蝶に対して、この鴈は春になったので北方へ帰る。
Imgp23721_1 要するに、お正月の良い月、気は良く風は穏やか、梅はあたかも鏡の前の白粉のように白く咲き、蘭は匂い袋のように薫っている。そればかりではない、夜明けの峰には雲がさしかかり、松は雲の羅/ベールをまとって、蓋をさしかけたように見え、夕方の山の頂には霧がかかって、鳥はその霧のとばりに封じこめられて、林の中で迷っている。庭には今年の新しい蝶が舞っており、空には去年の雁が帰って行く。ここに・・・・(以上、p,67より引用)


変換の困難な旧字、語句は臨機に応じたつもりだが、万葉びとの豊かな感性、味わいは、やはり日本人の宝物、愚生は勝手ながら、「初春の令月にして、気淑く風和らぐ」に続く、「しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松はうすものを掛けてきぬがさを傾く...」を、一息で諳んじてこそ、より一層、’令’の今日的な意味合いが増すようにも想う。


余談だが、別の切り口で梅原猛は、自著「梅原猛著作集13/万葉を考える」で、万葉集の根本問題として、デカルト的方法-直感から体系へ、直観-人麿の死の姿、演繹-水底の歌etcが目につくが、こちらの引用はあえてひかえることとする。


’令和’、とりあえず、めでたいとしたい。

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2019年3月31日 (日)

アイヌと親鸞とAI

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書棚にある、「序説」と名の付くもので最近、再読したものには加藤周一の「日本文学序説」上下2巻、そして梅原猛の「人類哲学序説」がある。
特に加藤周一の「日本文学序説」上巻は、旅先の露天風呂で一緒に湯船に浸かることしばし、よって少しふやけている。

これら名著それぞれに底通する過去、現在の日本人の心をあぶりだす見事な手法で、日本人のこれからを問う切り口は、他書でなかなか味わえないものがある。

まず加藤周一は、「もしヒトが生き残るとすれば’宗教’なのかもしれない」と書き残し、’科学’に対する拮抗薬として’宗教’をあげ、問う姿勢は確かに新鮮だがさて、ヒトもレミング同様に抑制の効かない動物であり、加えて毒を摂取し続ける悪癖は動物以下だが、さも偉そうに自由だの、権利だのと宣う、ある意味ではサルにももとる習性に対し、はたして’宗教’なるものに如何程の薬効が期待出来るのだろうか。

一方の梅原猛は、現代科学は西洋哲学に後押しされたものと考え、その根底にあるキリスト教文明の限界と言うよりは、キリスト教は死んだ、これからは「一切衆生悉有仏性」のような、東洋の仏教的な考え方が必要だと確信している。

余談だが、梅原猛はここ北海道にも来られ、アイヌのエガシ/古老と何日も膝詰めで聞き取り、彼らの生活、祭儀の中に沖縄と同様、古代より営々と続く汎神的宗教性を嗅ぎ出す。それはアイヌ期を遡る縄文期、或いはそれよりはるか以前から日本に連続する思考だとしている。

梅原猛の他書より以下に、引用する。
アイヌのエガシ/古老が曰く、
「この世にあるものは、動物も、植物も、茶碗も、全部魂があるのです。魂があるのだから生きていられるし、役にも立つのです。人間だけではなく熊、狐、樹木に至るまであの世に行く、そしてまたこの世に生まれかわってくる」という。

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更に、
「人間も、熊も、普段使っていた食器も、みんな幣場で送るのがアイヌ古来のしきたりだ」という。

つまりアイヌは’存在論’という大きな命題に魂を宿らせて考えるが、アイヌのエガシ/古老はまるで哲学者のようであり、同時にアイヌは輪廻、再生の思想を説くが、これは仏教の基本思想のひとつになっていると述べている。
さらにアイヌは、「あの世には天国も地獄もない、したがって亡くなった方をあの世に行けるように残された人たちがしなければならないのです。ですからこの世で泥棒しても、人殺しをしても死んだ時には、皆がお悔やみに来た時には、悪事をすべて晒して悪い奴だけれども、神様に受け取ってください、もしも神様が受け取らないと何をしでかすか分からないので、どうかお願いします、と言って引導を渡します」ともいう。

これらより梅原猛は、アイヌの世界観の天国、地獄の区別はなく皆、同じところに行けるという思想をして、親鸞の’悪人正機’に似るとしているが、これは逆で、アイヌに敬意を払う意味でも本来、親鸞の’悪人正機’がアイヌの世界観に似ると書かなければならないだろう。

親鸞の思考の根っ子にある、仏教渡来のはるか前より続くとする、エカシのような生死観は、今よりもはるかに深山幽谷といわれた、比叡山の二十数余年にわたる修行期に体得したのだろうか。
短絡に過ぎるかもしれないが、法然に限らず、親鸞も、もしかしてこんな日本人的こころの原風景から、’無分別智’に繋がったのか。

梅原猛はまた、若冲の絵に天台本覚思想の「草木国土悉皆成仏」の思想を認め、世に問うその眼光は老境において、さらに鋭さを増し、21世紀に警笛を鳴らしていたが、この点について加藤周一は、古代仏教から四分五裂した仏教のすべてを理解したわけではないので、仏教VSキリスト教の問いには答えられないと、やんわりという。

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確かに加藤周一も道元禅師を研究されており、天台の本覚門、始覚門に否定的な禅と、それぞれの立ち位置の相違に気が付いていたのだろう。

ここにも自然科学出身者らしく、あくまでも実証主義を第一とする加藤周一に対して、梅原猛の立ち位置は時に、歴史、哲学から飛び出すことを厭わない。
例えば梅原猛の、法隆寺の聖徳太子怨念論などは、fiction or nonfic,の垣根さえも飛び越え、その深い洞察、それを仮説といってもよいが、世に賛否の渦を巻き起こすという狙いは見事に的中する。
もしや梅原猛は御自身の信奉したある哲学者の宣う、logos & pathos/passion間の行き来を、さらには主客という大きな壁さえも超え、ご自身で楽しんでいたのかもしれない。

さらに円空論では、「円空をして、空海に匹敵する名僧」と書き残し、親鸞論では、聖人の最重要な教えの一つである、回向の重要性をなんとなんと、浄土真宗の坊さんにも説き、「坊さんたちは、目を丸くして聞いていた」等と、ユーモアを交えて語っているが、仏教界でも梅原猛の存在は、大なるものがあったに違いない。

愚生の如きが、ご両人を喩えるのは非礼に過ぎるのは承知の上で、加藤周一は切れ味の鋭い百戦錬磨の光輝く名刀に、一方の梅原猛は敵にあえて刀疵を残さず、皮下より骨膜に至る挫傷を負わす、木刀のようなものか。

従来の「序説」を名乗る本は、いわゆる音楽でいうところのintro,建築物でいうなら、さしずめentrance程度のものが多いが、両書は日本人の行動様式の根源にある思考を晒し、さらにその奥には、それが人間存在そのものや、世界の成り立ちの根源から、’智’のあり方、’智’の手法そのものまでも、反芻している。
もしもそれらの営みが哲学であり、仏教だとするなら、見えないものを見る、これら両書の行間には数々の深い問いが隠されているようだ。

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今日的なたたき台として、例えばAIを考えてみたい。
モノ作り日本は今、AI、5Gの研究、開発でも相当な遅れをとっているが、いずれAIの進化により2045年頃には現職業の約50%近くが不必要となることは自明、否応なしに人類が今まで経験したことのないステージ、つまり大変革期に突入するらしい。

ならば、或いはヒトの思考は退行、劣化するとしても、もし加藤周一、並びに梅原猛が存命だったならば、必ずや’AIの哲学’に挑んだと思われるが、その問いは而今、「自分とは何者か」、「ヒトとは何者か」に収斂することなく、動物と植物、或いはヒトと機械の壁をとっぱらった、新しい概念と格闘するに違いあるまい。言い換えれば生物学、自然科学共々、根底からひっくり返る時代がもう目前に迫っている。

このままでは、日本人は他力でただ大海をdriftingするしかない、それこそprinciplesを欠いたまま、従属性のみで、安っぽく落ちぶれてしまうのか、そんなことをたしか三島由紀夫も別の切り口で案じていた。

もしヒトが生き残るとして、新しい哲学は不要なのか。

或いはAIの’知’に、ヒトの’智’はあがなえるのか。

人間力がいよいよ試される、無限に続く、おもしろい戦い。

play ball  ♪♪

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2018年9月 2日 (日)

ホタル

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8月中旬、ここ北海道はある日の深夜、書斎から外を見ると、一匹のホタルが窓ガラスに止まり、なんと蛍光を点滅させているではないか。
裏の雑木林の下を流れる小川からでも飛んで来たのだろう。
加えてホタルのすぐ横には、遊び心いっぱいの小生意気な顔をしたカエルが一匹、涼夜の風情に一興を添えている。

たかだか十秒たらずの邂逅にして、まるで若冲の一幅の屏風画を思わせるような、凛とした風景に、日本人ならではの、ある種の贅沢感がわく。

想い起せば鼻ったれの悪ガキの頃、近くの川辺で初めて見たホタルの美しさに我を忘れ、捕ったホタルを虫かごに入れて、まるで宝物のようにして持ち帰り、部屋の電気を消し、さらに何枚もの布団を重ねた中にホタルの入った虫かごを置き、そこに数個の頭だけをつっこんで、ホタルの乱舞する空間をしばし見合った記憶がよみがえる。
以来、数十年ぶりの再会にて、今の地では初めて見るホタルである。

’美’といえば、前ブログで引用したブルーノ・タウト、および加藤周一著の同二書より再度、引用する。
『私達はこの廣縁に張出して設けられた竹縁に出てみた。
これは月見臺と呼ばれ、ひとはここから池水に映る満月の影を楽しむのである。向ひのやや小高い茂みのなかに一基の石燈籠がある。
このやうな月夜に燈籠の燈火は螢を誘ひ寄せ、螢の光はまた水の面に映じるのだといふ。
靜寂である。
魚は幾たびとなく鱗を水の上に躍らしては、またぱしりやりと音をたてて池中に沈んでいく・・・』。
<桂離宮/ブルーノ・タウト著/篠田英雄譯/育成社版/1946年出版p84-85よりママ引用>
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次に、
『花伝書の、「ふうてい形木は面面各各なれども、おもしろきところはいずれにもわたるべし」と、この面白しとみるは、世阿弥の「花」であり、ヘーゲルの美学が、芸術的表現を「普遍的なものの個別化」として規定するときの、普遍的なものであった。
そして、おそらく、相阿弥が、砂と石とを用いて、方寸の地に捉えた自然そのものだったのである。

たとえば修学院離宮の山の風景はan sich(即自)の自然であり、他方における(竜安寺)の海の風景は、für sich(対自)であり、an und für sichの自然は、桂離宮をあげねばなるまい』。
<加藤周一著、/昭和42年出版/日本の庭、亀井勝一郎&臼井吉見(編)『人生の本9-日本の美』文芸春秋社発行、p331-332より引用>

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以上、優れた著述家らの感性を愚生如きが引用することに躊躇いはあるが、それやこれや芸術家を名乗る輩らの感性は、an sichからan und für sichへと向かい、遂には昇華への道をたどるらしい。

たしかに桂離宮の住人らの、ホタルに月、さらに石灯籠などを用いてan und für sichの世界を遊泳する御作法一つをみても、今に忘れられた昔の趣味人の豊かな感性、そして時に見せるであろう、深淵に沈吟する心模様を想像せずにはいられない。

だが、まったく違った感性もいい。
悪ガキらにとって、互いの鼻面の間に展開される、視覚以外の五感を取っ払った世界、せまい世界にある刹那、そして鼻先の主客未分の光源の乱舞等々、いうなれば直観の宇宙こそは、いつまで経ってもan sich、である。

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2018年8月11日 (土)

人格という単語

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ブルーノ・タウトは書いている。
「一方には政治と権力があり、他方には芸術と文化がある。小堀遠州はこの相反を―――これは単なる不和以上のものであった、―――自己の一身に於いて超克せねばならなかった。彼は芸術家として徳川のために作事しながら、同時にまた彼の最善をつくして文化の標準を維持するためにつとめなければならなかつた。桂離宮の造営と時を同じくして、徳川氏は日光にあの野蛮なまでに浮艶な社廟を建築した。かくのごとき時世にあって、小堀遠州には、時の権力者の要求する豪奢の趣味を醇雅の途に導き、いっさいの反対的傾向に抗して文化を高く保持するに努めるより他に途が無かったのである。確かに彼はこの悲痛な妥協を自覚してゐた。また多くの同時代者がかかる妥協を非難したことの正しさも、彼のよく識るところであった。桂離宮がきわめて現代的な原理を示してゐるとすれば、それはここに顕われている小堀遠州の人格が、殆んど三世紀の長年月を経ながら今なほ現代的であるからだ。かかる人格は、今日われわれの住むいづこにあつても苦しい闘争を堪へてゆかねばならないであらう―――小堀遠州についてはいま一つの謎が解けぬまま殘されている・・・」<ブルーノ・タウト著/篠田英雄譯/1946年出版/『桂離宮』/育成社版:84-85よりママ引用>。
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本書は変色し、読み返したページはすり減り、往時の経済状況を知らしめるように粗雑な紙質ながらも、趣のある装丁と、なによりもゲルマン的視線から醸し出される深い味わいは桂離宮を題材とした他書をはるかに凌駕するように思える。
また篠田英雄の洗練された邦訳も、本書を名著たらしめる要因のひとつでもあろう。
ここでは桂離宮は小堀遠州作として論をすすめる。

この庭園評に、二度も用いられている’現代的’とは、ブルーノ・タウト自身、及び小堀遠州にかかる形容詞であろうが、一方には’現代的、すなわちモダン’とは、作庭家の云う’永遠のモダン’という、あるいは多くの芸術家の目指すであろう美意識でもあり、ブルーノ・タウトは当時の無自覚と言うよりは、当たり前に有していたほとんどの日本人の美意識を’永遠のモダン’という極地へと否応なしに誘引し、昇華したかったのだろう。
いつの時代であろうとも、過去、未来を含む’今’を、ショートカットすれば道元禅師の而今/NICONにして、日本庭園を代表する桂離宮が世界的にもすぐれた庭園美を兼ね備え、どの時代でもいかに美しいか、そこに通底する、’永遠のモダニズム’を説く。

加藤周一は、上記のブルーノ・タウトの著書、「桂離宮」をもとに論を進め、さらに作庭家らの人格を炙り出しているが、その論法にはすごみすら感じる。
たとえば岡倉天心を引き合いにして、
「暴君の友情は常に危険な光栄である」と、秀吉の庇護を受け、秀吉のために殺された利休を引用し、みずからが権力の被害者ではなかった岡倉天心の利休論と、ヒットラーに追われたブルーノ・タウトの小堀遠州論を比較してみるがよいと、書中でするどく指摘する。

批評家みずからの体験、みずからの人生、みずからの時代が、二つの文章をいかにあざやかに区別しているであろう。殺された利休よりも、殺されなかった遠州が、いかに深く悲劇的にみえることであろう。
さらに迫害され、ついには異郷で放浪を重ねてみずからの精神の自由を護り、孤独な生涯を辺境での客死に終わった建築家タウトにとって、小堀遠州の桂離宮は人格の問題であり、もしそれがわれわれの人格の問題でなければ、われわれには何も付け加えることがないはずであると <加藤周一著、/昭和42年出版/日本の庭、亀井勝一郎&臼井吉見(編)『人生の本9-日本の美』文芸春秋社発行、p334-336より引用>、いうなれば美をもって人格という単語に集約させる眼識には正直、驚かされる。

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ここに、それぞれの芸術家が持つであろう理念が否定されたとき、それをたとえば人格という単語に集約するには、つまり文学者を含む芸術家とは、ここでは著述家であり、著者であった加藤周一自身の人格も含めて、論じられるものだということを行間に残しておられる。

これを自分流儀でおもいっきり砕けば、診ることは是即、診られることであり、教えるとは是即、教えられることに通じ、加藤周一が発した自他に対する無言の問いは、凡な愚生如きですらも、即自/an sichの人格を発見する。

さて追い込まれた者達、それがドイツのヒットラーに追われたブルーノ・タウトにして、そして徳川に仕えた小堀遠州にして、彼らは憂苦をもって確かに権力者に対峙する人格をさらした。

それを人生の美学として、まさしく現代的/モダンに、もっと言えばかっこよく。

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2018年3月 2日 (金)

石牟礼道子の哲学

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石牟礼道子女史の思考は、徹底して人間存在の低みに立っているようだ。
数ある著書の中から、一部的外れなところも含めて以下に引用してみる。

「自分を無にして、・・・この世で一番低いところに自分を置いて、目線を低くして山川を見直してみる。健やかだった私たちの山や川や海。私たちには想像力というのがあるんですから、生存の環境みたいのはたくさん失いましたけれども…もう一度健やかな山川をよみがえらせられないことはないだろう・・・」(環境と人間)-水俣からの発信『石牟礼道子全集7巻p341より引用』。

あのメチル水銀によって発症した水俣病、加えてむごいことに妊婦のplacental barrierもアミノ蛋白と結合して通過してしまう胎児毒性によって、この世の地獄に追いやられた水銀中毒患者らは、さらに風評による迫害、差別まで加わる。
日本的な村社会の排除の論理で、無垢で生きるに必死な水銀中毒患者は一層痛めつけられたが、石牟礼道子はなんと加害者であるチッソ水俣工場、さらには薄情な世間すらも’許す、恨まない’、と言い放つ胆力を持ち合わせていた。
書くまでもないことだが、国家が支払う多額の補償金目当てだの、税金の持ち出しだのと言い表す所作をみても分かるように、’許す、恨まない’を単なる美談と聞き流して逃げ切ろうとする国、チッソ水俣工場らは裏で赤い舌をだし、にやけていることを熟知しつつも、である。
石牟礼道子の長年にわたる思考の格闘から、ついにたどり着いた哲学には、正直驚かされた記憶がある。
果たして人はそこまで言えるのだろうか、愚生にはおおきな疑問が残った。

さらに読みくだくうちに、石牟礼道子の哲学の根っこには、宗教性も潜むことがわかる。
石牟礼道子の宗教性を勝手に想像すると、胡散臭くなく、線香の香りもなく、さらには押し付けがましい小理屈もなく、宗教の始祖を権威あるものとしている物語を疑い、その真の姿は違うのではないかと問う。
また以下に引用してみる。

「キリストが物語に組み込まれたとき、馬小屋で生まれてもその誕生を予言する東方の聖者たちが現れて、なぜ最初から権威を付与されるのかと問う。キリストは、本当は無名の人だったろう。権威づけられない聖者はどうしてあり得ないか。無名の聖者は無数にいたし、今もいると思う。それは最下層の、汚濁にまみれて、一切の受難を背負った人間であったろう。権威づけられず、なんの恩恵にも浴さない、いつも無名で生き続けてきた最下層の人間たちが人類を生き変わらせてきた力なのではないか。慈愛とか愛とかは、仏や神が衆生に垂れるものではなくて、逆である。救われぬ人が充ち満ちているからこそ、宗教が救われ、かろうじて命脈を保っているのである。救われざる民の魂によって、宗教が逆に救われているのである。人間の心をほんとうに揺り動かすことは権威の力ではできない」『石牟礼道子全集』三巻、p501~502より引用。
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まさに逆説とはこういうことを指すのだろう。
世に多々ある、なんたらと名のる神だの、ほとけの教えをうやうやしく説く教祖様を最高権威とし、精緻な教義と、集金組織も併せ持つ既存の宗教教団は石牟礼道子の弁になにを思うか。

石牟礼道子の核心と度胸はここに見てとれる。
男でもなかなか言えないことを言い切り、その圧倒する筆力でもって読者の頬をおもいっきり打っ叩く。

さらには、
「最下層の人間の生き様はそれを神だのとのたまう以前の心情であり、『何様かは分からないでも』ふうっと呼び寄せられて拝むところに人間にそなわった敬虔さ、はるかな知性があって・・・、また神は人類が文明を築き始めたときに、人間によって創造されたもので、神は本来無名である」『石牟礼道子全集11巻p523より引用』。

愚生にとって、石牟礼道子による創造論/intelligent designの否定はまさに目から鱗、ある意味で日本人への覚醒をうながす。そして日本人の根っこには無名性と普遍性があるという。

あるいは無知蒙昧と卑しめながら、生きとし生きるものすべてに霊性を認め、与えられるものすべて、たとえそれが良かれ悪しかれすべてを受け入れてきた、一昔前まではごく当たり前の、そんな日本人を代弁しているのだろう。

ほんらい愚生如きの、生き様のよろしくないやからの書くことではないが、もし思考の営み、歴史、社会、超越を包むすべてを考察するのが哲学だとするなら、石牟礼道子の哲学は、西洋思想の根本思想のひとつであろう、自然は支配できるとする誤った立ち位置を今一度、本来の日本の立ち位置に帰れという提言でもあるのか、大事な宿題を残して逝った。

この石牟礼道子女史は只者じゃない。

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2017年8月20日 (日)

下手のソイ釣り

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その昔と言っても明治の初めに、イギリスは田舎のヨークシャー出のおばちゃん、この旅好きの通称バード/イザベラ・バード/isabella birdが函館到着後、森町から25mileをフェリーで室蘭に入り、ドサンコの背にまたがり、時に渡渉と難儀しながら平取のアイヌ部落を目指した珍道中記は今でも面白い。
この名著の誉れ高い、『日本奥地紀行,unbeaten tracks in j,』の中に記載されているように、バードおばちゃんは白老から眺めた樽前山がいたく気に入ったようで、旅好きの自らが過去に見た海外の山々と比べて、その絶景を美文で称えている。
そんな樽前山を、太平洋上より眺めながら釣り糸を垂れ、至福の一時を過ごす。

時にうとうとしながら、小さなカレイ釣りを楽しんでいたところ、やけに重量感のある手ごたえが釣り竿に伝わり、瞬時にして睡魔は吹っ飛ぶ。
釣り師の最高の瞬間を楽しみつつゆっくりと巻き上げると、立派な魚体で初見の、薄黄色いお魚さんがタモ網に入った。

釣り師と目を合わせたこのお魚さんは、さぞかしトンマな奴に釣られたと後悔したに違いないが、悲壮感など更になく、野武士を思わせる面構えは、威風堂々として怒気鋭く、鋭い歯に加えて、体表に数条の黒い縞模様を入れたファッションセンスを見ても、こやつの美学はなかなかのものである。
お名前は、漁師用語で’キゾイ’と教わる。

だが不思議なことがひとつ。
タモ網の中で暴れるキゾイには釣り針が口の中どころか、他のどこにも引っ掛っておらず、しかもオモリが見当たらない。よくよく見るに、なんとナス型で80号の赤いオモリを咽頭部奥までしっかりと飲み込んでおり、引き抜こうにも簡単ではなかった。

なんと、400円のオモリでソイが釣れちゃった。

帰宅後にキゾイの胃内を見ると、小さなカニだの、貝殻、ヒトデだけで満たされており、小魚などは見当たらない。他にもっとマシな餌はあるだろうに、釣り針の餌の美味しそうなイソメすら無視して、オモリに喰いつくキゾイの捕食行動は、はたして偶然なのか、必然なのか。
余談だが生物界に「偶然」など、あるわけがないと考えてはいけない。
あるいは人たる生物は、これからも生き残るのは必然と考えてはいけない。
生物は、乱暴な言い方をするならdnaのコピペのミスから始まり、その時と場所で生死を懸けた応用問題が次々と課せられた。知られるように多くの生物は不解答で即絶滅したものと、逆にdnaの変異を武器として正解を得、奇跡的に生き残った現在の少数の生物と二つに分けられるが、人をして将来も生存は当たり前、必然だと考えるのはせいぜいアメリカのトランプ大統領くらいのものだろう。
さて未熟な釣り師だが、単に「偶然性」の一文字でかたづけてしまっては、キゾイに申し訳ない。そこにはしたたかな生き残り戦略、つまり習い性という「必然性」もあるに違いない。
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勝手気ままな戯言はここまでだが、人もお魚さんに劣らず妙な生き物で、「偶然」にこだわった哲学者が知る限り、ひとりいる。
九鬼周造がまず「偶然性の問題」と題して、ひとつの答えと言うよりはむしろ、考え方を示し、後の書には思考に経年的な変遷があるのもまた、見逃せない。

九鬼周造によれば、今更、要旨を書くまでもないが、「必然」の本質が同一性に、「偶然」の本質は同一性が破られたあとの二元性にあると考える。あの有名な定言的、仮説的、離接的という三つの視点から「偶然性」、「必然性」を分かりやすく説いている。ところが二元性を生み出すものは「無」であるというから、愚生如きには難解である。
九鬼周造の説く「無」とは、絶えず世界に裂け目をもたらす運動であると単純に、しかも文字通りに解釈しえたとしても、一見さんの愚生は門前払いされ、その深奥に入り込めない。
本書を読み解くには、つまり九鬼周造を知るには、九鬼周造の「無」を理解しなければ、受け入れられない憎さもある。

また盟友であった西田幾多郎の、さらには禅坊主ののたまう「無」とも異なり、また一遍さん、道元禅師然りで、それぞれがそれぞれの「無」を含意している。
例えば三木清の「虚無」にしろ、西田幾多郎の「絶対無」にしろ、「無」なるものをそれぞれが、名刀か、あるいは錆刀か知ったことではないが、ぶった切ったそれぞれの切り口を利けという。

日本人たるもの、せめて「無」なるもの、くらいは理解しなければなるまいが愚生如きには、一生の問いでもある。

九鬼周造は続いて、明治以前の日本人をして「自然」と言う単語は山川草木を表すものではなく、「自然に」などと動詞につながる、副詞的な使い方がされていたと述べる。
つまりは「おのずから」などとする、伝統的な「自然」観を、西洋近代の「自由」と比較する。
ここで自由とは「必然」から解放されるとするのが一般論だが、それは「恣意」であり、結局人間は「因果的必然」に支配されることにあると、論破している。
そして「日本的性格」論に至っては、「偶然性」のままに生きる「自然」と、「目的的必然」に服従するという意味での西洋的「自由」とが、日本では融合しているという。
つまり九鬼周造の「偶然性の問題」、「いきの構造」から「日本的性格」に至って、「偶然性」、「必然性」の融合に至ると言うが、またまた能力の限界を知らされる。
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さて、キゾイとオモリの関係性を、飛躍して九鬼周造と祇園の芸者との関係性になぞらえたところで、核心であろう「無」はもちろん理解しえないが、無知なるが故の、的はずれな問いも生ずる。
例えば21世紀的手法のひとつの、主を排した客観、例えばそこに科学を持ち込み、もし数次の危険率のもとで統計学的有意性の有無を突き付けたなら、さらにはパスカルのパンセの中でも有名な、pari/賭けという概念、確率論を突き付けたなら意地悪が過ぎるにしても、21世紀とはこんな九鬼周造の感性に似合う、うま味、色気を消し去る時代なのかもしれない。

さらに九鬼周造といえば、上記の祇園、芸者のほかに、京都帝大、天心をイメージしてしまう愚生だが、明治に海外に発ち、想定外の出来事、出会い、つまり偶然性にこそ人の世を見た九鬼周造は、例えばsnsなどで同好、同志だけが集まり、同趣味を楽しみ、それを拡散させるのを避けるといった、ある意味で鎖国趣味的で退屈な、ばかばかしいほどに必然性を求める今生に、なにを想うか。

必然は、やはり因果であり、恣意なのか、そこにあるのは自由なのか、あるいはそうでないのか?

そろそろ下手の釣り論にもどろう。
昨今のAIを駆使し、徹底して必然性を求めるご時世をして、それを文明の発展とうそぶく世知辛い娑婆に成り下がったとしても、船の上は別世界だ。

ならば今度は、inductiveにそれを証明してみようではないか。
のほほんと、真っ赤なオモリだけで釣りをしてみるか。

生物が醸し出す愉快な面白さと我を忘れて遊ぶ楽しさにこそ、釣りの本当の面白さが詰まっているのに、また愚問に終始してしまった。

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2017年6月25日 (日)

下手のイカ釣り

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愚生如きの横着な釣り人にとって、イカ釣りはめんどい。
喰いたい一心で釣行するも、墨はかけられるわ、逆に喰い付かれるわと、いつも散々なめにあわされる。イカ様はお利口さんで、愚生を小馬鹿にする術をきちんとわきまえている。
要するにイカ様の有意識の証明であろう。

下手の釣り談義はさておき、科学者と哲学者それぞれのイカに関する比喩的な奇譚とでも読める書を2冊、書棚から引っ張り出す。

まず養老孟司
現在の科学は、専門の科学者によって運営されています。じつはこれが大きな問題なのです。専門の科学者というのは、論文を書く人であって、生物学者であれば生物を題材にして論文を書く。
生物を題材にして論文を書くことが必要なのです。論文を書かなければ学者として認められず、評価されない、研究費がこない、仕事にならない、だから論文を書くのです。ところがその作業をよく考えてみると、論文を書くということは、生きたシステムとしての生き物を止めてしまうこということです。
論文に書いてあることを言葉の羅列を生き物だと思う人はいません。すでに生き物が情報となって止まっているのですから。これは生物学が一つ誤解している点です。誤解しているというか考えていません。生き物というのは動いている。しかしその動いているものを止めないと論文にならない。ここがポイントです。非常にやさしくいうと、イカをスルメにするのが生物学です。スルメとは止まっている対象物で、イカというのは生きている対象物です。著者の専門分野である解剖学をやっているあいだ中、「人間加工して、人間のことを研究しているっていっているけど、それはスルメからイカを考えてんじゃないの」といわれ続けました。もっとはっきりいう人は「スルメを見てイカがわかるか」と表現します。私が大学に入るまでぐらいは、「大学に行くとバカになる」というのは世間の常識にあったのですが、このことが今になってよく分かりました。イカをスルメにすること、つまり生きて動いているものを止めることはうまくなる。そして止まったものを、情報処理することは非常に上手になる。しかし生きているものそのものに直面するというか、そういうものをほんとうに相手にして扱うということは下手になるような気がします。<養老孟司&茂木健一郎共著/スルメを見てイカがわかるか!/角川書店/2003年出版、p14~16より引用>

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引用が長くなったが、文意は既に分かりきった2次元の限界、動態の静止による生物学の研究手法批判にして、ならば新たな研究手法でもあるのかと期待しつつ読んだが、しょせん自省を含んだスルメの目線、つまり養老孟司は今風の西洋的な目線の物足りなさと限界と、それ以上に日本人が忘れかけている東洋的目線の重要性を忘れていないのがいい。

ならば生物学などと、こむずかしいことはさておき、能天気に切り口を変えてみよう。
イカは獲りたてを船の上で干し、炭火で炙って喰うのがいい。
「そったらことも分かんねぇで、偉そうな口をたたくな」、
と赤黒いお顔の、見るからに焼酎焼けしたイカ漁師の舌鋒は鋭い。
愚生もご馳走にあやかったことがあるが、実に旨い。

真っ暗な海の上で、度胸と五感だけを頼りに稼きまくった昔のイカ漁師は、生物学から航海術、気象学まで習得していた。
漁師は学会、ペーパーとは無縁な職種だが、その特異な経験、実績は、たとえそれが失敗であれ、しかと口伝として船頭から乗り子へ、親から子へと残すのが日本古来の流儀と聞く。
最近よく耳にする、天気予報が当たらないだの、しばしば外れるなどといった泣き言は、昔の漁師は口が裂けても言わなかった。
それは漁師の宿命であろう、板子一枚で天と地が隣り合う職業ゆえ、自らが命を懸けて判断するものであり、それをのたまうことは即ち、未熟さの露呈にほかならない。

この口伝こそが今で云う所の論文であり、本邦に西洋式の気象学なる手法が導入されるまで、再現性、客観性を有する本来の学問だったのだろうと勝手に想像する。

余談が過ぎたが、養老孟司があえて書いた「大学に行くとバカになる」という世間の常識とは、西洋科学的手法、例えばそれが、nanoからdnaに至る縦断面的な情報処理に頼らざるを得ない現実を前にして真逆の、東洋の統合された立体的思考、つまりイカ様の目線の重要性を説き、叡智の覚醒を促していると読めなくもない。
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次に中沢新一の書評
波多野一郎はモントレー漁港で大量に水揚げされたイカに’死’を見いだして、自らのすざまじい体験とシンクロして、イカの実存から、『イカの哲学』という小冊誌を著した。
いっけん軽そうな運筆の中には、筆者の重い体験から派生する、洞察力には唸らされる。波多野一郎には、深奥をまだまだ説いて欲しかったが残念である。

ここでは引用はしないが中沢新一はその解説の中で、
「人が他の生物と共有する生命現象の原理と、私たちホモサピエンスの知性活動を動かしている原理を一つにつなぐ、真のミッシングリンク/missing linkを見つけ出さなければならない。それは人の心の秘密に触れているから、思考におそろしく深いダイビングを要求することになるだろう」と、難問を残している。<中沢新一・波多野一郎共著/イカの哲学/集英社新書2008年出版/p163より引用>

さて、地球上に一個の生命体が出現したその時まで、時間軸をさかのぼることが可能となった今、発生学者らを筆頭に、我々人間は、はるか祖先の原初生命体をある程度は想像でき、また将来における、例えばそれが未来学者らを筆頭に、地球物理学者を含むその先頭はAIかもしれないが、高度に発達し過ぎた生命体を含んだ全消滅時期を、例えそれが主因でなかろうとも、おおよそ予測できる時代となった。
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ならば当然、形而上学的creationismの基本論理は瓦解しなければおかしい。本邦においても例えば円空、弥勒菩薩にしても、生命体の全消滅を必然として思考したなら、そもそも救済の論理は成り立たないが、釈尊は人の生に対する死を直観として思考したみたいだが、それは個人の死に関してであり、全ての人類の死、滅亡まではお見通し出来なかったようだ。

不遜なことを申すつもりはないが、弥勒菩薩は釈尊より数十億年後に再登場して、救済にあたるお役目を仰せつかっているが、もし地球が枯渇した球体としてでも物理的に存続していたならその時、地上に現れた両菩薩は惨憺たるchaos、無生物の廃墟を前にして、何を問うか。

日本の21世紀の今に残る、自然に神を棲ませてまで守り、循環させるという優れた思考とは真逆の、西洋的思考のひとつの核心でもあろう、’自然は操れる’とする愚思考が氾濫する時間軸の中で波多野一郎は、イカ様の有意識に対するヒト様の無意識、人品を重く問う智力を残してくれた。

さてさて、魚ならぬイカの釜中に遊ぶ姿は、実は人の釜中に遊ぶ姿なのか。
とここまで脈絡に欠ける駄文を連ねてただ今、丑三つ時、窓明かりにでも誘われたのか、部屋の前の楡の木にカッコウが一羽、狂い啼きしている。

郭公 然誰見ず 誰聞かず 恰愚ブログ如

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