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2007年2月 2日 (金)

アドレナリンとエピネフリン

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アドレナリンとエピネフリン、

言わずもがな既に勝負はついている。

高峰譲吉は仔牛の副腎から抽出、結晶化された物質をアドレナリンと命名する。

その翌年、特許を取得するが、当時アメリカで競う様に同様の研究をしていたジョンズ・ホプキンズ大学のJ,エイベルが

「自分の研究室を訪れた高峰譲吉が盗用したものだ」として、

J,エイベル自らが命名した、エピネフリンの優位性を説く。

以来、アメリカのみならず、何故か無思考、盲目的に追随した日本までもが2006年まで、エピネフリンと呼んていた。

しかし、J,エイベルの方法では抽出できない事が証明され、遂に正式名、アドレナリンの名称が復権した事は周知の事実。

「アドレナリンなくして医学なし」と言われる位に「世紀の大発見」だったらしい。

彼は、
1854年(安政元年)、加賀藩の藩医の子として生まれ、
1887年(明治20年)、アメリカに行き、アスピリンとともに三大薬品といわれるタカジャスターゼ、アドレナリンを発見、莫大な財を成す。

別名、’サムライ化学者’とも称される。

それにしても凄い事は、
明治維新以降、基礎となる系統づけられた西洋教育を受ける事などまずもってありえないはず。

にも拘らず、現在では想像すら出来ない、下級武士として、又、明治人として将来の日本を案じての渡航だったのだろうか。

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「医者が救うのは一人だが、化学は万人を救う」の考えからか、

彼は医学よりも化学の世界に飛び込み、発見した薬品を既にアメリカであった無形固定資産の考え方、つまり商標登録をし、ライセンス先から莫大なロイヤリティを稼ぎ、事業家としても大成功を修める。

さらに、こんな逸話も。
豊田佐吉に自分が使っていた車を贈り、「ヘンリーフォードが自動車なるものを作った、豊田さんもやってみないか?」

ともちかけたとか。

アメリカ人は高峰譲吉の死後、彼の業績を大きく称えた。

富と名声のみならず、その志の高さと高潔な人間性に対して、である。

その遺産は数兆円とも云われている。

見本となるべき、世界を又に駆けたベンチャービジネスの先駆的な成功者が100年以上前にいた。

すっごい男がいたもんだ。

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コメント

アドレナリンが明治の人に発見されたとは驚きました。たしかに世紀の大発見ですね。
しかし「エピネフリン」の名前を使っていたのは知らなかったのですが(無知で失礼!!)「ノルアドレナリン」はその場合、やはり「ノルエピネフリン」となるのでしょうか??

投稿: トヨハタ | 2007年6月 7日 (木) 18時16分

接頭語の’nor’を付け、
ノルエピネフリンとも使用されているみたいですが一般的ではないみたいです。

日本の科学界でも、アメリカ追従の姿勢が垣間見られますね。

投稿: 与作 | 2007年11月 5日 (月) 18時11分

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