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2007年3月26日 (月)

城山 三郎氏の事

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既に故人となられた氏は二十歳前に海軍に入隊するが、其の想いは忠君であり愛国だったと述べている。

しかし、そこで行われていた事は全く無意味な上司による新兵への暴力、虐めであり棍棒が振るわれる現実をかいま見、軍隊組織の中での大きな矛盾に突当る。
そこで大義名文の怖さ、組織の恐ろしさを文章に書き残す事に着手したとされている。

そして愚生にとっても名著、「大義の末」が出版される。

リーダー論も色々書かれたようだが
「落日燃ゆ」では広田弘毅の事を国家の政策に反対しながらも、責任を取りA級戦犯として処刑された人物として記した。

又、個人情報保護法の審議では、
自民党と連立政権を組む公明党から出された法案だが、要は出版ジャーナリズムの新潮社から出版される其の宗教団体のトップを批判した記事をこの法律によって抑えたいもくろみが露骨に見え隠れしていたが、この天下の悪法に対し断固反対の立場を貫き通した。
しごく、当然の事であり、それを無視したジャーナリズム、ダーティな政治家に日本の後進性が如実に表われている。

振れの無い、信念の男と云った印象が強烈に残っている。

又、「先の戦争で得たものは憲法だけだ」(朝日新聞引用)と述べたとも云われる。

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氏が書かれた事は、崇高な倫理、正義であり、人が生きる事のある種の道しるべであり、物凄い勢いで変化をとげる国家の行く末を案じての事だったのだろう。

司馬遼太郎氏と共にこの歪みつつある日本を深く、鋭い眼で察せられていた。

済んだ眼と真っ直ぐな背筋が忘れられない。

忘れてしまった本も多々あるが、引っ張り出して又、読み直そうか。

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2007年3月 4日 (日)

松下村塾と松下政経塾

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松下村塾は1842年設立、長州の吉田松陰が講義、武士から町人まで広く入塾を認め、塾生には、伊藤博文、高杉晋作らがいたそうだ。
それを真似たかどうかは分からないが松下政経塾はかの松下幸之助が政財界の指導者育成の為、私財を投じて設立したとされる。

ところが松下政経塾出身政治家の多くは親米、新保守、人生経験の未熟なボンボンといった有様では松下幸之助もさぞかし悔やんでいる事だろう。

今では、塾出身政治家の多くは民主に限らす憲法改正の大合唱。
其の中でも右端に座している高市早苗自民党議員に至っては数年前に、
「満州事変やそれ以後の戦争を自衛の為の戦争だった」と平気でテレビで発言し、大きな顰蹙をかった経緯もある。ちょうど、愚生も視ていたが、驚きを通り越して唖然とした事を今も忘はしない。

しかもこの国会議員は大学教授の肩書きもお持ちとか。
客観的史実と独断的偏狭な政治信条をごった煮にしてまい、其の是非すら判断できない知性に強い疑念を抱く。高市早苗議員はその席を左右どちらに座そうと勝手だが女性特有の柔和な笑顔の裏側は魑魅魍魎、無思考なのか。

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昭和の軍部がどこやらの古箪笥からでも見つけたのか’神の国だ、負けるはずがない’と意味不明な教条的スローガンをぶち上げ、盲目的に他国を蹂躙した結果あまりにも酷く、惨めな結果で終えた戦争、それを指揮した軍参謀の思考の脈絡に通ずるものを高市早苗自民党議員にみる。
こんな人物が教壇、国会に立つ事自体ある意味日本の危機かもしれない。

今後、この松下政経塾出身政治家の幼稚とも思える言動もさる事ながら、松下政経塾自体の存在意義も注意して見てみたい。

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2007年3月 1日 (木)

金銀財宝がザックザク

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NY、メトロポリタン美術館でも何度か古代ペルシャの華麗な金銀装飾具を見たが6000-7000年前の王朝の財力、技術は現代人を魅了してやまない。

2月27日、札幌の北海道立近代美術館で世界遺産のペルセポリス界隈から出土した美術品を揃えたペルシャ展を開催していたので入館した。

あるある、超一流の金銀財宝がザックザクと。

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かの有名な、アケメネス王朝を代表する、有翼ライオンの黄金の

リュトン、これに花でも生けたのだろうか、酒でも飲んだのだろうか。

収奪した金をこれだけ見事に加工、彫り込む見事な職人技が、

3000年前にあったとは。

信じられない’技’の世界。

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一度、盗難にあったが無事取り戻された世界的に有名な、洞窟遺宝

とも云われる、黄金のマスク。

ヒトの顔より一回り小さいが一体何に用いたのだろう。

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ブロンズの轡、

美的センスも現代人に勝るとも劣らず、非常に実用的にも

出来ており、両側にロープ、又は紐を通す孔があり口腔径を

調節できるハミ。

紀元前1000年頃の出土とされているが可也高度の乗馬、

騎乗技術が垣間見える。

これを騎馬戦にも使用したのだろう。

唯、現在の乗用種より大型の馬に使用した様に見うけられた。

騎馬民族特有の攻撃性をも伺える一品。

ペルシャは今のイラン、イスラムの世界だが、我々日本人に

とって、かの地に住む人々は暴力性、残虐姓が際立っている

と思いがちだ。

否定は出来ないだろうが、

同時代の日本では有史以前の、記録等勿論なく想像するに、

茅葺の掘っ立て小屋で弥生式とも言われるみすぼらしい、

生産活動など無いに等しい農耕を主とした社会だったと思うが

既に素晴らしい高度の文明が存在していた。

唯、一点気になった事がある。

セキュリティがあまりにも疎か、ルーズで、欧米各国では考え

られないほど。

もし盗難にでもあったなら、国際問題になるんじゃないのかな。

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