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2007年3月 4日 (日)

松下村塾と松下政経塾

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松下村塾は1842年設立、長州の吉田松陰が講義、武士から町人まで広く入塾を認め、塾生には、伊藤博文、高杉晋作らがいたそうだ。
それを真似たかどうかは分からないが松下政経塾はかの松下幸之助が政財界の指導者育成の為、私財を投じて設立したとされる。

ところが松下政経塾出身政治家の多くは親米、新保守、人生経験の未熟なボンボンといった有様では松下幸之助もさぞかし悔やんでいる事だろう。

今では、塾出身政治家の多くは民主に限らす憲法改正の大合唱。
其の中でも右端に座している高市早苗自民党議員に至っては数年前に、
「満州事変やそれ以後の戦争を自衛の為の戦争だった」と平気でテレビで発言し、大きな顰蹙をかった経緯もある。ちょうど、愚生も視ていたが、驚きを通り越して唖然とした事を今も忘はしない。

しかもこの国会議員は大学教授の肩書きもお持ちとか。
客観的史実と独断的偏狭な政治信条をごった煮にしてまい、其の是非すら判断できない知性に強い疑念を抱く。高市早苗議員はその席を左右どちらに座そうと勝手だが女性特有の柔和な笑顔の裏側は魑魅魍魎、無思考なのか。

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昭和の軍部がどこやらの古箪笥からでも見つけたのか’神の国だ、負けるはずがない’と意味不明な教条的スローガンをぶち上げ、盲目的に他国を蹂躙した結果あまりにも酷く、惨めな結果で終えた戦争、それを指揮した軍参謀の思考の脈絡に通ずるものを高市早苗自民党議員にみる。
こんな人物が教壇、国会に立つ事自体ある意味日本の危機かもしれない。

今後、この松下政経塾出身政治家の幼稚とも思える言動もさる事ながら、松下政経塾自体の存在意義も注意して見てみたい。

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コメント

アパートの周囲の雪が消えたので山の神と共にゴミ拾いをしたのですが、物置の裏にはテレビが3台・タイヤが20本・自転車が3台・おもちゃとソフーが放置されていました。
ゴロウニン氏が書いていた清潔好き・勤勉・粘り強い会話等の江戸末期の好ましかった日本人はすでに居ないのでしようか。
どこかで私たちは道を踏み外してしまったのでしようか。
個人的にできる範囲は少ないですが、ゴミ拾いと草刈をしておりました。

投稿: 清水小政 | 2007年3月 4日 (日) 19時19分

こんばんは、小政さん

いまや、日本は右向けーミギになっちゃいましたね。

真っ直ぐ前に飛べなくなる所か、同じ所をくるくる右旋回。

ゴロヴニンが再度、函館市に遣って来たら腰を抜かしそう、否、失神するかもしれませんね。

投稿: 与作 | 2007年3月 4日 (日) 22時52分

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