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2007年6月22日 (金)

輸血を拒否

3902006_192

毎日新聞、6月20日web版より、

大阪医大病院でエホバの証人jehovah's witnessesの妊婦が帝王切開の最中、大量出血するが、信仰上の理由で輸血を拒否し、死亡した事が19日に判った、との記事が目に止まる。

概要は以下の通りです。

手術前に患者と病院が同意書を交わし、輸血を拒否する事、その事によって生ずる’死’に至っても免責する事だったらしい。

病院側では事故調査委員会を設置し調査したが異常死でない事、又、家族の希望でもあり警察には届けていない。

                                 以上。

この記事に対する何の先入観も持たずに、最初に単純に思い浮かんだ事は、

輸血さえおこなったなら略、確実に救命できたはずだろう、

病院は患者の生命を救う事ではないのか、

きっと、この医師らは当然、各種治療法を説明されたであろう、
そして、「御家族、患者さんがどれかを一つを選択して下さい」、だったのだろう、

これしかないのだろうか、

いくら、訴訟が怖いとはいえ、信仰の自由があるとはいえ、

医療はサービス業以下に成り下がったのだろうか、

何より、この医療スタッフは一生、ある意味での’殺人’と言っても差し支えないトラウマから逃れられないのではないだろうか?

次に「マインドコントロールの問題だ」と言われる村本 治先生のご意見を掲載させて頂きます。

信者らは組織の方針の一部が自己の意思に反していても、完全服従が要求され、心理的圧迫と情報統制で意思表明を実質的に否定されている信者が輸血拒否の意思を表明する時、それが真の自己決定か、組織の方針を守らざるを得ない状況でなされた決定か医療関係者には難しい問題である。

医学文献の報告では、教団や他の信者に秘密を守る条件で輸血を受け入れる信者が多く存在することは知られている。

これは信者の自己決定が、実は組織に対する絶対服従であることを物語る云々と。

そして信者のこの様な状況に対する考慮が払われる必要があるだろう。

と結んでいます。

きっと当事者である所の大阪医大病院内では可也の議論がなされた事と推測されますが可能な限り情報公開されることを望みます。

この問いに対し、正解はある筈もなく、又、裁判所如きに法律論をぶたれても真の解決は遠のくばかりではないでしょうか。

この教団は予防接種、臓器移植も過去には禁止していたが現在は禁止しておらず、自己血輸血や血漿製剤の使用に至っては受け入れると言われております。

一体、どこが違うのかさっぱり解らないし、あまりにも馬鹿げた、大いなる矛盾に満ちた教義ではないでしょうか。

教団もきっと説明できないのでしょうね。

宗教の憲法とも云われる教義の決定のされ方に漠然とした疑問を持つのは果たして愚生一人だけであろうか。

christian-based religion or cult?

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コメント

①宗教は人を救うのが目的ではないでしようか。それなのに輸血を拒否するとは訳が解りません。

②今はまだ人口血液が出来ていないのですね。もし、人口血液であれば拒否しないのでしよう。

投稿: 清水小政 | 2007年6月22日 (金) 15時32分

hi,komasaさん
高名な宗教学者、作家等のお葬式を見ると無宗教方式が結構多いようですがこの現象は一体何を物語っているのでしょうね。

結局、仏教にしても、そして新興宗教にしても教義は人間本来の欲求を程度の差はあれ抑制している様に思われます。

それが時代の変化、科学、医学の発展に伴い必要不可欠なものまで拒否してしまうと大きな矛盾が生じますよね。

そこに現代医学と教義の板ばさみになって苦慮する医師の姿が見え隠れします。

小泉八雲の’日本人論’の中では決して使われておりませんでしたが、彼が云わんとした

  ’日本人の中庸’という考え方。

ある意味で世界に誇れる古来からの教えがあったはずですよね。

投稿: 与作 | 2007年6月23日 (土) 08時47分

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