« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月25日 (木)

佐高 信氏の講演を聞く

Imgp7016

23日、札幌である証券会社主催、ピリリとワサビの効いた辛口が売りの佐高 信氏の講演会に行って来る。

改憲派の長谷川慶太郎氏、堺屋太一氏、竹中平蔵氏、略してヘイコウと言って笑いを誘い、反対側に護憲派、城山三郎氏、内橋克人氏、及び佐高 信自身の3人を並列、対比し、日本の経済の現状を面白可笑しく説明し、規制緩和の無意味さを説き、小泉、竹中は信号機を壊したと論じる。

競争が避けられないとするなら大を規制しなければならないと強く説き、例えばトヨタの分社化。

又、日本の勲章制度に対し、貰った人に偉い人はいない、まともな人が貰わないのが日本の勲章だと言っていた。

規制緩和政策のいきずまりで誰かを血祭りにあげなくなくてはならなくなり、MHK詰り、村上ファンドの村上世彰逮捕の次は、身内の会社に1億八千万円も低利で融資して問題となったキナ臭い日本振興銀行の木村 剛であろうと推測されていた。

だが、蓋を開けてみるとホリエモン事、堀江貴文が逮捕され木村 剛は見のがされる。

何故か?
認可がおりるのも極端に早かった日本振興銀行の木村 剛が若し逮捕されると、福井俊彦日銀総裁から兄貴分の竹中平蔵にまでおよび、任命責任者の小泉首相も責任追及され日本に激震が走ることを避ける為だったと解説する。

Imgp6989

等々、興味の尽きない毒舌、スラグありの講演であったが、端々に出てくる労動組合、護憲等の左端に巣を構えたスタンスがやや鼻についた。

この男、政治家にはむかない事も判ったが、政経批判の中で相手の心情を読み解き洞察するこの手法、愚生の大好きな、故城山 三郎氏が最後まで’経営者の良心’を問い続けたそのスタンスを佐高 信氏自身が個性的な文章で追い求めている様に思われる。

引退された武井正直氏に付いても言及し、時の北洋銀行頭取に哲学、理念の全くない大蔵官僚がなした’バブル’に決して踊らず、世間からの非難をものともせず自銀行を守り通した事を絶賛する。

そして、破産し、北洋銀行に吸収されてしてしまった旧拓銀頭取ら無能な経営者との比較も忘れず、きちんとされていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

ウィンザーホテル洞爺と拓銀の大罪

Cimg0144

長万部沖、豊浦沖から釣り竿片手に山頂に佇むバブルの遺産、ウィンザーホテル洞爺がよく見える。

地元の方たちは、
何故、あんな北海道をぶっ壊した象徴でしかない所でサミットを開催するのだろうとか、無能な旧北海道拓殖銀行役員が湯水の如く融資し、他の一般会社がどれだけ迷惑を蒙ったか、等々評価はすこぶる悪い。

現ウィンザーホテル洞爺、旧エイペックスリゾート洞爺は怪しげな会社のカブトデコムが拓銀からの乱脈融資と言うより、貸借する両者共に常軌を逸した、返済能力のないのにも関わらず滅茶苦茶な融資を続け、約700億円の巨費をつぎ込み、建てられたホテルだが元々誰が考えても採算は取れる筈も無く、わずか5年後の98年に倒産する。

このカブトデコムの社長である佐藤 茂は高校卒業後、地崎工業に入社、24歳の時に社員5人とスコップ6個で独立、兜建設を設立、その後、カブトデコムに社名を変更したと記録にある。

宿泊客は主に拓銀の家族ご一行様が多かったと云われ、、やがて警備保障会社セコムに破格の60億円で売却される。

P1000017

セコムの顧問、飯田亮氏と小泉元首相のもたれ合いは永田町では有名な話と言われ、又、この飯田亮氏と安倍元首相の縁戚である牛尾治朗ウシオ電機会長との関連性も囁かれている。

旧態通り、政財界の癒着構造、もたれ合いが簡単に垣間見える。

従って、盛んに云われるサミットの警備のしやすさというのは後で付け足した尤もらしい、こじ付けの様に聞えなくもない。

2007年、文藝春秋11月号に、
立花 隆氏のヤメ検弁護士こと田中森一氏に対するインタビュー記事が掲載され、その中に裏から見た注目すべき旧拓銀の融資実態が暴かれている。

因みに、田中森一弁護士は元東京地検特捜部検事職の時、裏社会の大物の実態を記した著書「反転」を出版、今や公判中にも拘らず時の人となっている。

それによると、かの悪名で名をはせた中岡信栄の顧問弁護士も引き受けており、信憑性に若干の疑問もあるが、

Imgp6963

「地元、関西の大手銀行にすら見向きもされない、闇の世界の中岡信栄は、何故か遠く離れた拓銀系の迂回融資ノンバンクである、エスコリースからどんどん金を引っ張って、なんと2500億円借りまくり、当然返済できず’拓銀をつぶした男’と言われているが、7年間に350億円の使途不明金が発覚した」。

その際、拓銀は破産管財人を入れようとしたが、田中森一弁護士が

「その金は配ってしまい、ありません」、の一言で押し通したらしい。

果たして、そんな事出来たのであろうか、疑問も残るが、

「若し、破産管財人が入っていたなら、政界、官界を巻き込んだリクルート以上の一大スキャンダルになっていただろう」と言っている。

「それで拓銀が全ておかっぶたんだ」と、断言している。

表面上、拓銀不正融資事件としてのみ扱われているが、裏で寄生し、雲霞の如く蠢いていた政財界、官僚の大罪は問われず、逃げ通した。

又、「中岡信栄はエスコリース、拓銀両幹部に金を配っていたから、皆何も言えなかったんだ」と非常に重要な発言をしている。

詰り、融資を受けた側からその一部の金が融資元銀行役員のふところに渡っていたという驚愕する事実だ。

まさしく映画の世界の様なお話だが、ここに出てくる旧拓銀幹部のsskとは、一審無罪、2審有罪の鈴木茂、佐藤安彦、海道弘司の3悪人を指している。

Imgp6937

今、complianceが声高にさけばれる中、何故、拓銀内部で自浄作用が働かなかったのだろうか、不思議だが、旧拓銀マンは言葉少なに

「残念ながら経営トップに人を得なかった」と述べている。

真相は金融政策を司る政界、旧大蔵官僚にある事は、誰にでも容易に分かる筈だ。

例えば、旧大蔵省の金融検査で、長年行われていた拓銀のハチャメチャな不正融資を見抜けなかった事など常識的に考えてもありえる筈もない。

そして検察はなぜ捜査しなかったのだろう。

国は拓銀を泳がし、そして潰しにかかったのではないだろうかと云う、大きな疑問が残る。

当時の橋本竜太郎元首相は
「これで、不安要因が整理できた」と語った事からしても、拓銀は見捨てられ、あて馬以下の存在であった事が容易に理解されるだろう。

闇に消えた巨額の融資された道民のお金の一部は政治家に渡ったとされるが解明されず幕引きとなる。

結局、一連の拓銀不正融資事件で最後に笑ったのは誰か?

時の政治家のトップか?

ジャーナリストの腕の見せ所だが真相解明には程遠い。

以上、
建設資金のあまりの不透明さ、
あまりに安すぎる売却金額、
サミット決定プロセスの疑問等々、

とんでもない問題だらけの延長線上にウィンザーホテル洞爺がある。

さて、宴の後は?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月20日 (土)

今、デンバーが熱い

Photo

今、コロラドの田舎町、デンバーが熱い。

松井 稼頭央の所属するコロラドロッキーズがワールドシリーズ進
を決める。

アメリカ中央部に位置し、ノンビリ感の漂う、遠くにロッキー山脈が
見える街並み。
しかし、愚生にとってはあまり良い思い出はない。

海外に行った際、時差ぼけ、二日酔い解消に早朝ジョギングをよく
するがデンバーの早朝といっても、真っ暗な中を初冬の寒い、
ダウンタウンのビル街を走っていた所、何かにつまずき、踏んずけ
、そして蹴っ飛ばし、危うく転倒しそうになった。

振り返ってみると、
ヒトらしい掌と、口くらいしか見えなかったが、よく見ると黒のフード付き服装に、黒のブランケットを身にまとった睡眠中のホームレスの黒人が通路に足を投出し沢山体を寄せ合っており、その中の何人かの足を踏んずけてしまい、気まずい思いをした事がある。

闇夜のカラスは地べたにもいた(笑)。

Photo_2

又、たしか1996年だったと思うけれど、
当地で開催された学会最終日を待たず、サンフランシスコ経由でカナダのバンクーバ-島に行き、キングサーモン、スチールヘッド釣りをする予定で早朝デンバー空港に行き、UA-Airに乗り込んだ所、機体の故障とやらで一度、機外に出され、goの再コール待ちとなる。

ここまではたまにある事で、

’点検、修理に2時間は掛かる見込み’

との重要なコメントを得て、搭乗ゲートから離れた所で、朝食を取っていた所、なんと、15分程で修理完了、愚生だけ残して出発してしまう。

一人残され、えらい腹のたった愚生は、
UA-Air受付カウンターに行き、

「搭乗旅客数も確認せず出発するとは何事だ」、

自分のいた所を説明し、何故、アナウンスを流さなかったんだと聞き
ただした所、

「搭乗ゲートよりあまり離れた所へはアナウンスを流していない」と、

「それじゃー、直ぐに飛行機を戻せ」、

等々、かなり無茶苦茶なクレームもつけたが

「済みません」のみ、

勿論、一度飛び立った飛行機がもどってきた等、聞いた事もない。

悪い事に、
接続のよいバンクーバ-行きの便は夕方まで無い有様で、数個の
預けた申告の必要な器具等を入れた無施錠を含む手荷物のみがバンクーバ-に行ってしまい、最悪のカナダ釣行の原因になってしまう。

帰国したら、UA-Airより5ドルの商品券が届いていた。

すっかり、カナダでの釣旅行を狂わされた苦い思い出がデンバーに
ある。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年10月12日 (金)

伝説の名馬の安楽死

Imgp6878

愚生はこの馬にサラブレットの’天国と地獄’を教えてもらい、素晴らしい勉強もさせてもらった。

この名馬はジョンヘンリー号、特別の思い入れがある。

血統は三流、4歳までは競走成績も悪く、次々に転売、所有者もころころ変わる、決して褒められた競走馬ではなかった時代があった。

今から27,8年位前、ケンタッキー州レキシントンに所用で行った時、既にジョンヘンリー号は大変身し、GI-レース16勝、獲得賞金も当時の世界記録(660万ドル)とアメリカだけでなく世界的名馬となっていた。

滞在中のある日、地元のある馬主宅の夕食会に招待され、豪華なお酒、食事を楽しんだ事がある。
その御自宅は見晴らしの良い丘の上で、当時のニューズウィーク誌にも取り上げられたほど素晴らしいたたずまいであった事を思い出す。

Imgp6854

馬主と色々な楽しい会話の中で、この方も一時期、このジョンヘンリー号を所有していた事をお話して下された。

「購入金額は日本円で確か80万円前後、1,2レースほど使ったが、競走成績が勝れないので去勢をした」。

聞きずらい事ではあったが、自ら決断された去勢の可否に付いて質問すると、

「結果として、去勢したから成功した、血統的にも、お世辞にも良血馬とは云えず、約150万円で売却しちゃいました」。

「所が馬主が変わった途端、実力を発揮しだし、瞬く間に世界一の競走馬になりましたが悔いはないですよ」と、含み笑いをされていた事を思い出す。

現役を引退後、騸馬として長くホースパークに繋養されていたと聞く。
往年の写真を見る限り、背線に弛みなく、肢軸にも全く異常なく、名馬の条件を整えている。

齢、32歳、
飼養管理スタッフの表には見えない大変な苦労、努力だけではない見事な’技’が其処にはあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 8日 (月)

今年のノーベル生理学、医学賞

Imgp6812

たった今、2007年、ノーベル生理学又は医学賞の発表を聞く。

アメリカのユタ大学、ハワードヒュー医学研究所のマリオ、カペッチー氏、イギリス、カーディ大学のサー、マーティンエヴァンス氏、アメリカのノースカロライナ大学のオリヴァースミシー氏のお三方に決定の報道。

早速、
スウェーデンのノーベル生理学又は医学賞webのsummaryをみると、

ネズミの幹細胞を用いた遺伝子ターゲッティングで作られた所謂、knock-out miceは生理学、病理学を問わず、医学発展のキーとなっており、生命科学に革命をもたらしたとある。
この、遺伝子ターゲッティングでは殆ど、どの様なタイプの遺伝子変更も可能であり、既に人の循環器疾患、神経変性疾患、糖尿病、ガンなどを含んだ500種類以上のマウスモデルが出来ている。

これは既に、何年も前に云われている事であり、ニュース性には欠けるが、基礎、応用生物学に与えた影響は計り知れないという判断からだろう。

特にうがった見方をすると、アメリカから幹細胞研究者が選ばれた事は、この研究分野に強く反対するブッシュに代表されるキリスト教宗教右派を揺さぶるねらいもあるのかな。

考えすぎかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

13年かけて世界一周した男

Imgp3744

このイギリス人、名前はJason Lewis。

出発地点のGreenwichを発ったのは1994年7月12日、26歳。

世界一周、距離は7万4千km、同所に帰ってきたのは2007年10月6日、39歳。

彼は、人力のみでmokshaと名付けた足漕ぎボート、自転車、インラインスケート等を駆使し、13年かかって成し遂げる快挙。

トラブルとトラベルは語源が一緒とは誰かの言葉だが、
途中、強盗と戦い、海賊をかわし、ワニ、ヘビと戦い、コロラドでは交通事故で両足骨折、9ヶ月入院と凄まじい事。

Imgp6648

きっと、彼は我々の様な時間に追い詰められた旅行者とは違い、素晴らしい経験をし、独自の視点で眺める事ができた、世界一の旅行者なのかも。

それにしても羨ましい。

愚生は何年か前、カミサンとアメリカ各州を経由し、レキシントンKYの学会の後、シカゴ経由でロンドン、スイスのジュネーヴの学会に出席、そしてレニングラード経由で帰国した事があるが、

その時、
冗談に、’80日間ならぬ、10日間世界一周だ’、と言って大いに笑われた。

故、植村直己の時と異なり、資金援助はなんと60社を超えたとの事。

何れ冒険紀行が出版されるのだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月 6日 (土)

トップガン

Imgp6606

トム、クルーズは確かゲルマンとアイリッシュの血が流れていると思ったけど。

バブル崩壊前の1986年製作のこの映画を再度見たが、
なんとも爽快感の残る、又、現代のハリウッッド映画と違い、cg画像は殆どなく、発音が非常に聞き取りやすく丁寧で、スラグが少なく、とても好感が持てる。

でも、ネイティヴスピーカーが聞いたなら、ちょっと、くどく感ずるかも?

navyの戦闘機、F-14いわゆるtomcatと、KAWASAKIのバイク、通称'ninjya'を颯爽と乗り回すトム、クルーズと、若かりしケリー、マクギリスの乗るポルシェ?の組み合わせがなんともいえない、趣がある。

Imgp6644

その教官がマーベリックに

don't forget no place second position,

そして最後に、今では懐かしいミュジックボックスに25セントを挿入し、

i heard you'll back here again

と、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 5日 (金)

釣り師の痛み

Imgp6531

10月3日、富浜よりカレイ釣りで出港,5時20分頃、水深35mの所で釣りを開始するがなるほど、噂に違わず潮は速い。

’川’と言うよりは’大河’の感さえある。

120号の錘さえも45度以上の角度で流される始末。
所が、愚生の竿先をグンニャリ曲げ、ドラグを逆回転させつつ、たて続けにババカレイが3匹釣れる。
これに、他の釣り師には型の良いソイも釣れ結構面白いが肝心のマガレイは全く釣れない。

その後、何度か船を移動しつつポイントを探ってみるがしだいに魚信が途絶えてしまう。
今日はこれまでかと思いつつ、午前8時過ぎ、水深55mの所に行くと次第に潮の流れが遅くなり、やがて錘80号で略、垂直に入るようになる.

すると正直なもので、いきなりマガレイが喰い付く。
次第に食いが良くなりその中には35cmを超える大型サイズも結構混じりだす。
前回と異なり、カレイの型がとてもよく、又、懸念されたフグもあまりおらず最大42cmを含めた良型のマガレイが面白いように愚生を楽しませてくれる。

快晴、微風、多少のうねりはあるが秋空の下、大漁釣りを充分堪能させてもらい、ほどほどで釣りを止めにする。

所が、急に前方が騒々しくなる。
興味津々、みてみると大変な事が起きている。
一人の釣り師が左手の薬指、第三指中央にブスリと釣り針を刺入してしまっている。

これはまずい、直ちに帰港かなと思っていた所、
なんと、経験豊富で老練なこの船長、

「こんなもの簡単だ」、の一言。

船室より、いきなり錆付いた、薄汚い、勿論、未消毒の鉗子ならぬペンチを持ち出し、17号以上はありそうな釣り針をいっきに、疼痛もあまり伴わず、いとも簡単に抜去してしまったではないか。

外科医も驚くこの高等なるテクニックを見せ付けられる。

この針刺し事故は
釣り師であれば、口に出さずとも結構経験者は多いはず。

思い起こせば、愚生も過去、自宅で釣行前夜、ビール片手に仕掛けを作っていた時、手のひらに’グッサリ’と針刺しを経験している。

今回のケースより釣り針も小さかったのだが、その時はどんなに頑張っても自分では抜けず、カミさんにも力一杯やらせてもみたが駄目であった。

運のない時はこんなものなのだろうか。

仕方なく、夜中に情けない格好で近所の救急病院まで行くと、これまた頼りなさそうな外科の若い、会話からもインターンとおぼしき医師がお二人現われる。

しかもよく聞くと専門は内科みたいで外科は殆ど経験ないらしい。

Imgp2634

真摯に処置して下さった先生方達には感謝しつつも、
誠に失礼な言い方だが、お二人併せても半人前の様な先生達は、自信なかげに刺入部を広範囲に消毒、局所に麻酔薬の注射後、表情、会話から察するに可也の緊張もされていたのであろう。

両先生ともサージカルグラブ未着用、手、指も無消毒のまま、素手でメスを持ち、刺入した針の先端部からカエシ部まで大げさに、大きく切開してしまう。

酔っ払った患者さんは、

’それって滅茶苦茶じゃない’?とも言えないし、暫し我慢。

かなり苦労したみたいだが何とか抜去、縫合して終了。

そして、
診察代金、大凡6万円を支払い、包帯でグルグル巻きにされ深夜に帰宅。

大袈裟にベタベタとガッチリ巻かれたその被覆包帯は、翌朝の起床時には外れてしっており、縫合糸も3日後、自動的にこれも外れてしまう。

今にして思えば、
釣り針を頭の部分だけ切り取ってしまい、貫通させれば数分で済むのに。

お酒が回り過ぎ、態度が横柄だったからかな?

其れに加え、人相も決して良くないのでヤクザ屋さんと勘違いされたのかな?

それに比べても、たいしたもんだよ、

あの船長は。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »