« 万能細胞遂に完成 | トップページ | 江戸時代の算数 »

2007年11月25日 (日)

野口英世評

Imgp1742

講談社現代新書、福岡 伸一著、「生物と無生物の間」を読み終える。
記載されている野口英世といえば、幼少の頃、手に火傷を負い、極貧の中からアメリカに渡り世界的な医学者、微生物学者となった偉大な人物として教わり、千円札には自画像が印刷され、愚生らは子供の頃にその偉人伝を読み、深い感銘を受けていた。

当時、アメリカにおける近代基礎医学の父とされ、赤痢菌の分離に初めて成功した病理学者で細菌学者のSimon Flexnerが日本を訪れ野口英世を大いに励まし、支援を惜しまない旨を伝えた。

2imgp1737

その後、野口英世は後を追うようにロックフェラー医学研究所にやって来た。
そこでは200編という当時としては驚くべき数の輝かしい業績を発表、一時はノーベル賞のうわさにものぼり、パスツールやコッホ以来のス-パースターとなったらしい。
1928年、アフリカで黄熱病を研究していた時その病気にかかり亡くなる。
ロックフェラーでは研究所をあげ喪に服し、野口英世の胸像が図書館に飾られたとある。
3imgp1732
所が、Rockefeller Universityでは野口英世の評価は日本とはまるで正反対らしい。
学内の定期刊行広報誌によると、野口英世の業績、すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、黄熱病の研究成果は当時こそ、賞賛を受けたが多くの研究結果は矛盾と混乱に満ち、間違いだった事が判明したとし、彼はむしろ、ヘビードリンカー、プレイボーイとして評判だったと辛辣な評価だそうだ。
又、野口英世の死後、50年経過して包括的な再評価がアメリカ人によってなされ、イザベル.プレセットによる 'Noguchi and his Patrons'に記載されている。
本書によれば野口英世の業績で今日意味のあるものは殆んど無いと書かれ、当時その事が誰にも気付かれなかったのは、ひとえにSimon Flexnerという大御所の存在による。
彼が権威あるパトロンとして野口英世の背後に存在した事が追試や批判を封じていたのだと結論している。
パスツールやコッホの業績は試練に耐えたが野口英世の業績の殆どは間違ったものとして顧みられていないらしい。

1imgp1725
医師でもある渡辺淳一著、「遠き落日」には野口英世は結婚詐欺まがいの行為を繰り返し’いいなずけ’や支援者を裏切り続けた、ある意味で生活破綻者としてそのダイナミズムが活写されている。

この本の著者である福岡 伸一氏は野口英世の研究業績を単なる錯誤だったのか、データを捏造した物なのか、自己欺瞞によって見極められなくなったのだろうか、としている。

11imgp1742

Simon Flexnerに対する義理、恩義を如何様に考えていたのか、日本の医学会に対する過剰なまでの自意識故の捏造された?業績なのか今では知るよしもない。

併せて並外れた私生活の乱れ、金銭感覚の欠如などを考慮すると愚生、今までの浅学を大きく恥じる。

ご近所の独裁政権国家のお札にも同様なお方が印刷されていた。

|

« 万能細胞遂に完成 | トップページ | 江戸時代の算数 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/47604/9096425

この記事へのトラックバック一覧です: 野口英世評:

« 万能細胞遂に完成 | トップページ | 江戸時代の算数 »