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2007年12月31日 (月)

いつ終えるのだろう

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2001年9月、ニューヨークのマンハッタン、wtcビル2棟ともアラブ系のモハメド・ハタ主犯のテロにあい倒壊。

やがて、ビートルズの’imagine’の放送禁止、

cnnに代表されるマスコミの極端な右傾化、

アラブの何処かを叩かなければ、アメリカのガス抜きは出来ない雰囲気作りにマスコミも加担、

それじゃ、イラクだ、

理由はどうにでもなる、

大量破壊兵器がある事にすればいい、

舞台は整い、そこにアメリカ的ヒーローが登場、

後先の事を考えず、「やっちまえー」と、

いつのまにか世界の保安官になった気分で、テキサスのカウボーイを想わせる短絡的、能天気なbushが得意げに吠える!

サダム・フセインは多くの国民から支持されていた、

今や、アメリカ兵の死傷者数千名、

イラク人の死傷者は正確な数字すらも判らないがその何倍あるのだろうか、

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大喜びしているのはアメリカの兵器産業と日本の防衛省くらいか、

いつ終えるのだろう。

池澤 夏樹著「イラクの小さな橋を渡って」に、

戦争前のイラクの人達の普通の生活が書かれている。

無関心は冷酷よりさらに冷酷とのべ、

戦争を正当化する理由を僕は知らないと結んでいる。

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2007年12月28日 (金)

今年最後のカレイ釣り

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12月27日、室蘭マリーナより出港、氷点下3度、東風が若干あるが、波は穏やか、潮流は風向と逆で速い。
水深は15-20メートル、仕掛けは前夜考えあぐねたススキノのネオン?の如く、お味はあたかもフランス料理??をイメージさせるインチキ臭プンプンの自家製お魚版-honey trapを作成。

今日は何が何でもこの仕掛け一本でやる事とする。

朝7時頃、夜明けを待って釣り開始、色々なパターンの’おさそい’をかける。
早速、お隣に陣取ったご高齢の釣り師と言ったなら失礼だが、仕掛けが古典的な旧ヴァージョンの殆んど装飾なし、動き、誘い等全く行わない置き竿に型の良いマガレイ、イシモチカレイがコンスタントに喰い付き、船長はタモ網を持って船上を急いで立ち回る。

中には50cm前後の肉厚の見事な滅多に見られない大物も掛かり、竿が折れんばかりの強烈な引き、竿先が水面下に没し、横で眺めている愚生もはらはらさせられるシーンが何回かあった。

その都度、船上では大歓声。

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所が、愚生には全く当たりが無くたまに小さなカジカが喰い付く位。

さては、この度派手な装着物を駆使した-honey trapはカレイに対し集魚効果ならぬ逆の忌避行動を誘発しているのではないだろうか?

ならば地元の名人に習えと、仕掛けの如何わしいお飾りを全て取っ払い、置き竿でほったらかして置く。

すると何と、マガレイが喰い付くではないか。

けれど釣り師なるもの、竿を手にせず、只単に待つ事に大いなる矛盾を抱く。

そこで船長の意に背き、’こずき’を行うと案の定、カレイにそっぽを向かれ又、カジカばっかり。

お隣の良く食べ、よく飲む、元気なお爺ちゃんはコンスタントに大型のカレイを釣り挙げるではないか。

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愚生、遠路を張り切って行ったのに完全にお魚さんにあしらわれ、すっかり自信を無くし師走のお寒い中、寂しく帰路に着く。

あーあぁ、疲れた。

釣りは己の意図通りには行かない、まるで人生と一緒。

※一番上の画像はお爺さんが釣り挙げた50cm前後の大きなカレイを了解の上撮影させて頂きました、決して愚生が釣ったお魚さんではありません、念のため。

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2007年12月25日 (火)

1999年のクリスマス

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1999年12月、とにかく滅茶苦茶寒い年だった。
日中でもマイナス10度以下、ハドソン川を吹き渡る風は痛いと感ずる程身にしみ、お洒落な女性は当時、殆んどが黒のロングコートを身にまとっていた記憶がある。

ニューヨークはマンハッタンのハーレムに近い所に宿を取る。

ご近所は黒人、ヒスパニックが多く、日中治安はあまり気にせず骨董店めぐり等して過ごし夕刻、40丁目辺りの教会で地元の人達が集うクリスマスイヴに平服で出席する。

人通りの多い繁華街に面した古いビルの前に着くと黒人の守衛兼案内人がおり、映画で見る様な蛇腹のドアのオンボロエレベーターで教会のある階に案内される。

ニューヨークは超モダニズムと思いきや、とんでもなく古い物も混在する面白い所。

挨拶後、既にクリスマスツリーの飾り付けが始まっており、我々も直ぐに慣れない手つきながらお手伝いをさせて頂く。

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やがてゲストが約20名ほど集まり、ミサを主催する女性の指示に従い、お祈り、賛美歌、ディナー、ダンス等色々な儀式を経験する。

皆さん、敬虔なクリスチャンでお祈りする仕草を横目で見てみた。

この時、俯いてお祈りする仕草をしながら目を開けているのは我々夫婦のみ、従って怒られる心配無用?

皆様、慈悲深いお顔をされていた。

そのお心は純粋に神に対する敬いなのだろう。

我々の様な、

「神構うな、仏ほっとけ」の無頼漢に対し、

ふとどき者が紛れ込んでいると神様も内心は怒ったに違いない。

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さすがマンハッタンのど真ん中だけあって、人種はさまざまである。
アングロサクソン、ブラック、中国系で我々の左横に座った40代前後のアングロサクソンは未婚ながらヴェトナム人の子供を養子としていると言っていた。

右横に座った70代のアラブ系アングロサクソンはワシントンポスト紙のエジプト特派員とか云っていた。

前者は金髪の美男子で早稲田の留学経験があり、後者は渋い映画スターの様な面持ちで、両者共々スマートなニューヨーカーだった。

その昔、
北海道の田舎の中学時代、大嫌いな教会の英語塾に通わされていた頃、神聖なる?クリスマスイヴの賛美歌合唱の際に隣の悪友と取っ組み合いの大喧嘩を仕出かし’聖なる夜’を台無しにしてしまい、大目玉を食らった事を思い出す。

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2007年12月18日 (火)

今一度、開高 健論

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愚生の釣り人生を開眼させ、そしてワイルドに未知の世界を案内してくれた男である。
この男、ヴェトナム戦争の最前線にも行き、頭上を銃弾が飛び交い、御小水をちびる様な恐怖の極限とも云える所にまであえて行ったのは、この世に理想的共産主義革命なるものをおのれの眼で見たくて、と言ってはいたが。

そんなこと、ありっこないと思いつつも、愚生も開高 健の肯定的な報告に期待もしたし、そうあってほしいと思っていたが実は違う所に力点があったという事がこの年になって薄っら判った様な気がする。

文豪は命がけで見るべき、リアリティに富んだ凄まじい現実と、創作された架空の世界を用意した。

戦場では死体が転がっており、或る所では知的で強烈な自己主張する絶世の美女を登場させたり、妖艶なワインとグルメから、中南米の巨大なミミズ、そして北米のサーモン、オヒョウ釣りがあり、それに何処か薄汚い売春婦の徘徊する退廃的な酒場があったり等々。

non fictionと対するfiction、これを日本的な相対と考えるならば
文豪は勝手にこれでもかと云う位、自由に言葉を操り、今でも読者を酔わせ、惑わせ続けている。

東洋的ゼロとイチを問いかけた文豪の心を捉えきれず、若かりし愚生、見事に氏の引っ掛け用の釣り針に喰い付き、ぬか喜びする事しばし。

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そして、「夏の闇」では’絶対’から日本的な’空’へ視線が変わり最後に全てぶっ壊してさようなら。

司馬遼太郎は開高 健が決して用いなかった’空’なる単語の対側にあえて’絶対という大うそ’という美しくもあり、明快なフレーズで印象的な弔辞を述べている。

伝道の書-コヘレトの言葉、ソロモン王が書いた?とされる

「空の空、空の空なる哉、すべて空なり」と。

この伝道の書の’空’ともまったく全く違う。

どこか気分の良い空でもある。

文豪は好奇な、いたずらぽっい眼差しで、

「空は喰うじゃよ、君」、

「俺の心をどの位理解した積もりでいるのかね、ワッハッハッハー」と、のたまっているかも。

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2007年12月14日 (金)

イタリアンの味覚

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愚生の拙い旅行経験から、イギリスレストランなるものは聞いた事もないが、何処に行っても中華と並んで、イタリア料理屋はアリゾナの砂漠の真ん中にも、そしてカナダの山奥にもある。
ディナーでも奇抜な服装でなければ予約なしでも交渉すればあっさりと入る事ができる場合が多い。

くどい能書きをたれるフランスレストランとの違いはここにある。

その昔、ボルチモアのとあるイタリアンレストランで、2階のワンルームで別席ながら正装でお上品なイタリアン15名前後の御一行様と一緒になり、呑めや謳えの賑やかな事、終いには我々の席に来て一緒に歌えと強制するなどしていたがあのアッケラカンと陽気な雰囲気もこれまた楽しいもの。

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又、メルボルンでは小さなイタリアンレストランに入ったがお喋りな夫婦で切り盛りしている家庭的な雰囲気で美味しく、よく我々に色々と話しかけられたが愚生、イタリア語が全く理解できなかった。

イタリア人とは文化、習慣は違っても親切心はよく通じるし旨い物は旨い。

所が、アングロサクソンだと逆になる。

カナダの友人がよく言う事に、日本人とイタリア人は気性、性格が似ているので友達になりやすいと言う。
だが、アングロサクソンと日本人は馬が合わない筈だ、その一つの要因としてアングロサクソンの料理が余りにも不味い事だと冗談ぽく笑いながら説明していた。

イタリア料理の主なmaterialsをよくみると、オリーブはヨーロッパ原産にしても基本的な食材である麦、トマト、玉ネギ、ジャガイモにしても殆んどが大航海時代、新大陸からナポリ、ジェノバの港に持ち込まれた食材で試行錯誤の末に出来上がったものなのだろう。
特に、トマトと麦から作られたパスタの出会いがイタリアンの旺盛な食文化を育てたのだろうか。

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Lafcadio Hearnも記している様に、イギリスの各貿易港にも17,8世紀に世界中の植民地から略奪されたお宝に混じり、食材が持ち込まれたにも拘らず、所謂オリジナルなイギリス料理なるものが発展しなかったのは自国産の食材に恵まれなかっただけとも思えない。

食はフランスの様に上流階級から発展すると勝手に考えているがイギリスでは王侯貴族料理としてのみ発展しただけなのだろうか、其れとも貴族もあの不味い間の抜けたフィッシュ&チップスを食していたのだろうか。

大いなる珍問。

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2007年12月10日 (月)

アングロサクソンの味覚

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イギリスのキリスト教プロテスタントは食い物に対し質素をモットーとし、美食におぼれる事は堕落であるとする食文化に対する神の教えは忠実に守られている様だ。
しかし異文化、異民族に対する神の教え詰り’慈愛のこころ’は少しお忘れになった様だ。

大英博物館には世界中から略奪した国宝級の品々を誇らしげに、何の恥じらいもなく展示しているが、旅行者は直ぐにその大いなる矛盾に気ずく筈だ。

大英帝国連邦の元締め、そしてアングロサクソンの理想郷を謳いたいのであるなら略奪の歴史的象徴である盗品をつべこべ言わずに各国にお返しして空っぽにする事が正当な評価につながる事だろう。

あのグロ-バルスタンダードを言い出し、今となっては自らの頸を絞めつつあるアングロサクソン人の輸出国であるイギリスに対し、世界各地を旅行している人々に聞いても、料理が余りにも不味いからイギリスにだけは行きたくないと最悪の評価ばっかりが目立つ。

イギリスの他、アメリカ、カンダ、オーストラリア、ニュージーランド等はあんなに料理が不味くても、よくまあ平気でいられるもんだと訪れる度に素朴な疑問が沸く。

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本来、口にあわないと言うべき所だがあれじゃ、酷すぎる。
例えば、あのぬるい間の抜けたビールと味付けは塩、胡椒だけでは日本人なら呆れ返ってしまうだろう。

フランスとイギリスの不仲は有名だが、フランスのシュラクが国際会議の席上、マイクが入っているのに気ずかず、
「イギリスの様に料理が不味い国の人々は信頼できない、イギリスのヨーロッパの農業に対する貢献は狂牛病だけだ」と語った事が世界中に配信されたとか。

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確信犯の石原都知事に至っては、イギリス人の味覚は牛と同じと述べているが、それでは牛さんが可哀想。

加藤周一はアングロサクソンが粗食だったのではなく、産業革命がそれをもたらしたとしてアメリカの画一的消費の発見は、この下地があっての産物だったとしている。

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2007年12月 6日 (木)

北海道のモグラ?

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例年になく雪のない中で与作の調教中、山道脇で体長6cm、尾の長さ5cm位、鼻先が尖がり眼は一見退行しているのか小さく、四肢に立派な爪をたくわえ全身、ビロードの様な光沢のあるお洒落な皮毛を身にまとい、のびてしまっている小動物を見つける。

車を止め、初めて見るその小動物を手に取りチェックしていると先行していた与作が戻り、本来なら好奇心旺盛な行動を示す筈なのだが、何故か無視し、そばにすら寄り付かない。

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早速、野生動物の専門家に聞いてみるとモグラは本来北海道には生息しておらず、トガリネズミじゃないの、とのあやふやなお答えを拝受する。

初めて耳にするこのトガリネズミは森林の害虫を食べる有益な小動物とされ落葉、腐葉土層に棲息する色んな虫を食し、繁殖期は春から秋で妊娠期間は17~28日とあり、一回の産仔数は5~7固体、寿命は12~18カ月と記録されている。

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又、他の動物に襲われる事のない様に体の両側に臭気を発する器官を有し、ヒトには判らない強烈な臭気を発している事、従って狸、キツネに喰われる事はあまりなく、逆に臭いに敏感じゃないトンビ、カラスの餌にはなるらしい。

好奇心旺盛な与作の忌避行動はどうやら’臭い’にあったわけだ。

しかし、視力はさほど必要としなくても、超音波位置測定の為のtoolも兼ね備えた種もいるとの事、中々の優れものだ。

defensiveな動物かと思ったがどうしてoffensiveな面も有しているらしいが自然界に於ける生態系はよく分らないみたい。

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2007年12月 4日 (火)

筑紫哲也の済んだ眼

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毎日新聞web版に筑紫哲也へのインタビュー記事が出ている。

その中で、無常だからこそ輝く人生を、そのありがたさを感じていると述べられ、タバコと御病気との関連性を否定され、ストレスが主原因とおっしゃられている。

簡単に言えばmustが多すぎた、want toに変えればいいとも述べているが彼なりの、はにかみと詭弁と聞こえなくもない。

彼の長いジャーナリスト生活の中から育まれ、自然と身に着けた客観的な視点、そして全ての人間が有しているであろう筈の、国籍、イデオロギー、人種、宗教、性差といった偏光ガラスを通した視点を極力排除した論調に、ややもすれば歯痒くもあり、敵対する論調も多々ある様に思われる。

一点云える事は弱者の視点を重要視した事ではないだろうか。

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時には大波となって筑紫哲也自身に向かってくる事も覚悟の上で堂々と時論を展開されており、テレビという限られた時間、語句の中にある時は濃密な意味を含んだ’暗号’も発信されていた。

そこにはジャーナリズムの難しさ、面白さをわきまえ責任及び自信に満ちた大きな存在感のあるジャーナリストとしての顔がある。

政治家の劣化,幼児化、老化が進行する中、今の日本には彼の様なオピニオンリーダーが必要だ。

まだまだ頑張っていただきたい。

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2007年12月 2日 (日)

ジャーナリストの堕落

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最近、特にウンザリするほどの誇大報道に嫌悪感をいだく。
この国では、特定宗教教団批判、大企業のトヨタ批判など口が裂けても報道されないが、日本人特有の同一思考、同一行動を煽り立てる過激とも思える報道は相変わらず得意のようだ。

今に始まった事ではないが、
たしか昭和49年頃だったと思うが立花 隆が地道な調査、取材から有名な「田中角栄研究-金脈と人脈」を文藝春秋に掲載、結局、田中角栄はたった一編の論文で辞任に追い込まれるがその中で、張り付いていた番記者らは異口同音に

「そんな事、皆知っている事だ」と述べたと記されている。

愚生には、立花 隆の論文以上にその番記者らの世の中に対する洞察力、そしてジャーナリストとしての’志’、倫理すらも全否定してしまったワンフレーズがいまだに強烈な印象として残っている。

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又、11月30日、
モンゴルより朝青龍が帰国する際、機内の様子を取材しようと大挙してマスコミ各社がビジネス席を予約してしまった所、全て席が埋まり、肝心かなめの朝青龍が席を確保できず、従って朝青龍は報道人と別な便で帰国したそうだが大馬鹿もここまでくると。

例えば、テレビ出演の多いジャーナリストの鳥越俊太郎に至っては「マスコミ論として社会の不正追及、権力の監視、知る権利の行使」云々とお題目の様に立派な御託を並べているが保険金不払い等でとんでもない問題になっている外資系保険会社のテレビCMに平気で出演しているではないか。

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如何程の事情があったにせよ、その外資系保険会社と自分自身の利益の為に出演するという事の意味、マスコミの中立性の意味、鳥越俊太郎のモラル、人間性の問題を提起する前に、そんな組織で育った後輩のジャーナリスト達こそ哀れである。

世界広しと言えどジャーナリストがコマーシャルに出演するなんて馬鹿げた事を容認しているジャーナリズム界に自浄作用、品格なんて望みえない/knowledge without character。

カナダよりアメリカに帰化し、ABC newsのアンカーマンを長期に務め上げられ、世界中の人々から惜しまれながら亡くなられた故、ピーター・ジェニングス氏/Peter Jenningsの言葉が懐かしい。

こんなメディアにしてこの弛んだ政治あり、そして無批判な国民ありと云うことかな。

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