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2008年1月15日 (火)

ノブレス・オブリージュ

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フランスに限らず、貴族社会の規範とも思われる
noblesse(貴族)oblige(義務)と云う思想がある。
簡単に言うと、高貴な身分に生まれた人は慈善事業、軍隊に献身する義務があるという考え方。従って、戦争では貴族が最前線に立ち、戦うゆえに死者も断然貴族出身者が多かったと言われている。

この中世的な考え方は現在にも引き継がれ、映画スター、ビル・ゲイツ等の巨額献金にもよく現われている。

フランス、イギリス、アメリカに於いて個人主義がこれだけ徹底していても底流には確実に存在し稼動している。

ならば、日本では如何なものか。

昨今の政治家、高級官僚の発言からも見られる様に見事に否定され尽くされているではないか。

経済界に於いても、日本の顔である日本経団連会長も兼務する御手洗冨士夫キャノン会長はあろう事か、違法な労働形態である「偽装請負」で行政指導を受けた例を挙げるまでもない。

「富めるもの、社会的弱者に再分配すべし」とも云われるノブレス・オブリージュ思想の欠片も持ち合わせていないみっともない経営者だ。

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塩野七生さんは、ローマ帝国1000年を支えた根本はノブレスオブリージュだったと述べられているが、確かで見事な洞察だ。

ある意味で武士道にも通ずるこの言葉は、日本では既に死語になりつつあるのだろう。

何故に、かくもはやく、脆く、廃れて逝くのであろうか?

この問題こそ、国をあげ徹底した議論の望まれる所であり、答えを経済問題にのみ求めても、真の解決には程遠いだろう。

歴史的に眺めてみても文明の崩壊、国家の崩壊はモラルハザードと関係があるのかな。

諸外国と比しても、あらゆる点で格段に優れたこの国が、次第に品性を欠き、非薄化され、アジアの中で埋没してゆく虚しさを感ずるのは果して愚生だけだろうか。

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