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2008年2月10日 (日)

愚生の見た帝銀事件

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学生時代に読みあさった帝銀事件に関する資料を再度引っ張り出し、websiteも併せ興味を持ってここ数ヶ月見ているが、どう転んでも犯人とされ獄死した平沢貞通氏を有罪とする確証はやはり見当たらないばかりか、逆に無罪と判断しうる証拠が目に付く。

無分別の現、鳩山邦夫法務大臣が担当だったならいざしらず、歴代法務大臣が印を押さなかった事も十分理解できる。

今、もしもここで模擬裁判を開き証拠書類、故平沢貞通氏の調書等を並べ、白、黒の決着をつけるのなら有罪とする裁判官は果たしているのだろうか、甚だ疑問だ。

それにしても不可思議な事は、あやふやで、いい加減な各種の証拠に基づき死刑を宣告した裁判官の心理であり、人の一生を消し去る死刑判決を確証すらないのに躊躇いもなく決定する裁判官の心の中を知りたい。

これら裁判官の中で、汝らが下した判決に責任を持つ、或いは自信があると言える輩は一人でもいるのだろうか。

関係された裁判官はみな御高齢、もしくは既に他界された方もおられるだろうが各人、人生の節目で自ら下した判例を振り返った時の心境たるや、如何ばかりか。

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時の行政府、GHQらの大きな目に見えない圧力が加わっていた事は十分推察できるが司法の独立云々云う前に外部の力をはねのける力量を有した裁判官はいなかったという事だろう。

弁護団々長は故遠藤誠氏が務め、「日本の黒い霧」の故松本清張氏、他に映画、マスコミ、出版物にも沢山取り上げられ、一度に23人の死刑執行書に署名した元法務大臣の故田中伊三次氏でさえ「これは冤罪だろう」と言って死刑執行を命じなかったと言われている。

警察、検察、裁判所と連綿のごとく、どす黒い闇、馴れ合いが目に余ると言えばまだ聞こえは良いが、帝銀事件はGHQらが琴線に触れられる事を拒み、全く関連性のない一画家を生け贄にした、れっきとした国の犯罪の様相を呈しており、社会正義の面でも再審の道はこじ開けねばならない。
そして可能なら関係した警察、検事、裁判官らの大罪を問いたいと思っているのは他ならぬ養子縁組された平沢武彦氏だろう。

「牟田口 裕之の舎房日誌は破られていた」には元看守の視線から故平沢貞通氏の自白調書偽造の疑い、拘置所あげて証拠隠滅の事実を指摘しているが、これなどは影で国家が蠢いていた明らかな証であるにも拘らず裁判では何故か証拠採用されていない。

突詰めれば、帝銀事件で裁判官に課せられた事、言い換えればこの裁判のポイントは高度な法解釈などではなく、人として誠実なこころ、極あたりまえの常識をわきまえているか、それを行動に移せるか、否か、ただそれだけの事といえるかもしれない。

しかし、裁判官が全て愚かなわけではなく、愚ブログに書いたが袴田事件の第一審を担当され、死刑判決を下された裁判官のお一人であった熊本 典道氏は陳述書を添え、再審開始を求める上申書を最高裁に提出され、
「可能ならば袴田氏無罪の陳述を行う為、最高裁判所に出廷したい」主旨も述べておられる。

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