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2008年7月12日 (土)

サミットで大笑いしたのは

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ウィンザーホテル洞爺の歴史を振り返ってみよう。
詳細はこちらに書いたが、高卒の社長が社員5名とスコップ6個で創めた零細な土建屋が後にカブトデコムと名称を変更、旧拓銀から返済能力のないのにも関わらず700億円を借り受けてホテルエイペックス洞爺を建てたが当然の如く、わずか5年で倒産、間もなく拓銀も倒産、北海道にかかわらず日本中に激震が走る。

やがて名称がウィンザーホテル洞爺と変わり、小泉純一郎元首相ともたれ合いの仲の飯田亮氏が顧問をつとめる警備保障会社セコムに破格のなんと60億円で売却される。

そしていつの間にかサミット開催が決定、その理由として警備のしやすさ、並びに天候の良さ等は後付の尤もらしいこじ付けだろう。

旧態通り、政財界の癒着構造、もたれ合いが簡単に垣間見えるが、旧大蔵省は金融監査で、長年行われていた拓銀のハチャメチャな過剰融資を何故、みのがし続けたのか。
又、如何程の理由付けで検察は動かなかったのか。

その疑問に対する一つの答えがある。
2007年、文藝春秋11月号に、立花 隆氏のヤメ検弁護士こと元東京地検特捜部検事の田中森一氏に対するインタビュー記事が掲載され、その中に裏から見た注目すべき旧拓銀の融資実態が暴かれている。

それによると、田中森一氏は悪名で名をはせ’拓銀をつぶした男’といわれる中岡信栄の顧問弁護士でもあり、信憑性に若干の疑問もあるが、拓銀は破産管財人を入れようとしたが、田中森一弁護士が拒否したと書かれている。

「若し、破産管財人が入っていたなら、政界、官界を巻き込んだリクルート以上の一大スキャンダルになっていただろう」と言っている。

「それで拓銀が全ておかっぶたんだ」と、断言している。

つまり、表面上は拓銀不正融資事件としてのみ扱われているが、裏で寄生し、雲霞の如く蠢いていた政治家等の大罪は問われず、逃げ通した。

もし、事実であるなら、
国は拓銀を’あて馬以下の存在’としか考えずに泳がせ、そして潰しにかかったのではないだろうかという大きな疑問が今でも残っている。
当時の橋本竜太郎元首相は「これで、不安要因が整理できた」と発言している。

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結局、闇に消えた巨額の融資された道民のお金の一部は政治家に渡ったとされるが解明されずに幕引きとなり、誰かが最後に大笑いしているのは間違いない。
一連の大いなる疑問の残る、700億円の建設資金を出資した拓銀の馬鹿を装った不透明さに加え、60億円とあまりにも安すぎる売却金額、そしてサミットの場所決定プロセスの疑問等から浮き出てくる、拓銀を喰ってでも実行された安っぽい、見え透いたグランドデザインは一体、誰によって描かれたのか。

自然破壊の防止、温暖化対策を主要テーマとうたった北海道洞爺湖サミットであったがもしも土地に地霊なるものが存在するとしたなら、洞爺湖を望む素晴らしい景観というだけで、自然を破壊しつくし山頂にそびえ立つ様に建てられた、同ホテルの世界中に放映され続けたであろう濃霧に覆われた映像はゲニウス・ロキGenius Locciの涙とでも表されたのだろうか。

さて、経営トップにまともな人材を持ち得ないばかりに国家によって潰され、生け贄にされ、各地に散らばった旧拓銀の銀行マン並びにその御家族のサミットに対する心模様はいかばかりか。

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