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2008年8月24日 (日)

北京オリンピックと謝罪

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’謝罪と補償’という、もう聞きたくもない腐敗臭のただようワンフレーズがある。補償はこの際置いておくとして、これは韓民族の特技かと思いきや、日本人にもあてはまるらしい。

昨日の北京オリンピック日本野球チームの負けに対して’敗軍の将’気取りで星野監督はじめコーチらが異口同音に’申し訳ない、済みません’のオンパレードだ。

何故、全力を尽くし、大汗をかいた後に謝らなければならないのだろう?

謝罪って非を認める事であり、相手に許しを請う事であるなら、スポーツの原点であろう正々堂々と戦い終えたアスリートのする事ではないだろう。

そこにあるのは発する側の何某かの大いなる勘違いであり、受け手側にとっても喪失感の中にある、後ろ向きで、ある種の空疎な空腹感を満たすものでもないだろう。

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両者とも閉所に押し込まれた状態で発展性の欠片もない、内向き思考方式であり、東洋的な傷の舐め合いでしかない。

そこから一体何が生まれるというのか。

アスリートとして基本を教えていない体育会組織にも問題はあろうが、結果に優劣はつきもの、勝負後は自分の肉体、精神に自信を持ち威風堂々と振る舞うべきであり、女々しい、陳腐な自己責任論など述べてはあまりにもみっともない。

謝罪行為そのものこそスポーツ選手にとって最も惨めな事すら理解し得ない、この’名将’を冠する星野監督らに多くを期待しても所詮、無理な事だったのだろう。

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