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2008年11月30日 (日)

エリモのいずし中毒

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庶野でいずし中毒を患い、死地から生還された方から伺った貴重な体験談がある。
’いずし’はある種の発酵食品でコクがあり、とても美味しいが一歩間違うと地獄である。

記憶に残る要点は
今までにない程、美味しいものでチーズ臭を伴い、はじめに唇が痺れる様な感じがした。しかも近所にお裾分けしてしまった。

ご本人はじめ、家族、隣人ら数人が民間の診療所の一室に救急車で次々と運ばれた。
私には「助かる見込みがないのでほっておけ!」と、先生はおっしゃり、隅っこにほったらかされた。「他の助かる見込みのある人を治療する」と言われ、その間の院内のやり取りをきちんと記憶されていた。

「やがて体が自由になると、不思議な事に治療を受けなかった自分だけが助かった事に気付いた」と正確に証言された。

エッ、何故?って事は本旨ではない、

この御病気、聴覚を含め、意識は最後まである事の再認識を、

特に、世のお医者さん、くれぐれもご注意を!!

今から、数十年前のことか。

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2008年11月29日 (土)

エリモの海の化け物

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南東洋のある漁家で、獲れたてのイカ刺しとビールで一杯やっていた所、そのご高齢のノンベイ漁師の述べ口上がふるっていた。

「灯りを点けて獲るのは、度胸なしの、下手な漁師だ!」、

俺は、秋の凪の夜など、一人で灯りなしで魯を漕ぎ、陸の灯りがあまり見えない沖で、何百パイものイカを釣ったもんだ。

「いいか、その頃は船外機なんてそったらもの、ねいんだ、暗くても明かりは点けずとも見えるもんだ、度胸よ、度胸、男はな!」ときた。

一度、こったらオッカネー事あったんだ、

月も出てない、暗い海でイカ釣ってたら、

「舟の横に、でっかい物が静かに浮き上がってきたんだ!」、

「そりゃー、ビックリしたなんてもんじゃねー!」、

「よく見ると、でっかい亀よ!」と言って、両手を縦、横に広げ、

「背中にフジツボ、海草をつけでっかい岩の様な背中だったなー」。

横で聞いていた祖母さんが間髪をいれず、

『そったら、デッケイ亀、いるわけねー、まったく、この親爺ったら!』
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「ウルセー、オメー、黙ってろ、俺は見たんだ、バッカヤロー!!」
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今から、おおよそ20年以上前、漁師夫婦の自然な会話である。

「誰も信じねぇが、バケモノみていのがいるんだ!」とは、アルコールの入っていない正常??な時の後日談である。

さて、

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2008年11月28日 (金)

エリモのある船頭の漂流記

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30年以上前の事、岬の漁港であったか、

あの船頭だ、見てみろ、と誰かが言った。

詳細は忘れたが、エリモ沖で操業中に時化で沈没、一枚の板切れに二人だけでつかまり、漂流したらしい。
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数日後に相棒の意識が朦朧となり、やがて亡くなる。

それでも数日間、相棒の服を握り、離さなかったらしい。

遂には力尽き、手を離してしまい、自分もおかしくなった。

それからどの位、経ったのか分からないが、

奇跡が起こった。
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二家族分の重い荷物を背負ってる船頭だと教えてくれた。

背中がとても大きく、輝いて見えた。

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2008年11月27日 (木)

エリモのウニ

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ウニ喰いたいな、ばあちゃん、

ウン、じゃー、明日来い、採っておてやる!

翌日、ウニが溢れんばかりに入っているカマス袋が、馬屋の入り口に無造作に置かれてあった。
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貧乏学生時代からの夢、
一度でいいから取立てのウニを割って食べてみたかった。

馬のウンコの様なウニの殻を割って、ドンブリ7-8杯分を取り出すのに暫らく時間がかかったが、

ワサビ醤油をドンブリに上からぶっかけ、夢の様なおもいで一杯目!

勢いでガバガバと二杯目!

惰性で三杯目!

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無理して四杯目!

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五杯目、......見るのも嫌になっちゃった!!

20年位前、東洋の、海の見える丘の上で。

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2008年11月26日 (水)

エリモのオヒョウ

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「陸が全く見えねぇ、サキの南東でオヒョウを獲ったもんだ、ポンポンでドラム一本炊くが、でっけいのが掛かり、本当に面白かった」と言って、70歳過ぎの現役漁師のお爺ちゃんは奥に行き、なにやらゴソゴソと箱の中を探し回り、これがオヒョウ針だと云って大きな釣り針を見せてくれた。

「いいか、延縄でやるんだ、畳一枚もある奴は上がってこねぇ!」、

「そういう時は、途中まで上げて一気に緩めるんだ、そうすると頭を底にぶっつけて力がなくなるからその時に一気に上げるんだが大変なんだ、あれは漁なんてもんじゃねぇ、でっかいのは船には上がんねぇし、本当にゆるくねぇんだ」。

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そして、
「俺しか、そのオヒョウ場を知らねぇんだ!」と

誇らしげに、遠くを見据えつつ、語って聞かしてくれた。

横にいた跡取り息子、孫らが何度も、教えろと言っても、

「バカヤロー、自分で見つけろ!!」の一言、

お家族にとっては今尚、お爺ちゃんは頼もしいヒーローだ。
フィッシングとハンティングのヒーローは、常に冒険者であり続けなければならないと何処かの国の諺にあったが、壮大な失敗、間違い、試行錯誤の中から遂に誰も成しえなかったオヒョウ場を見つけたのだろう。

併せて、縄文文化の原形でもある、獲り過ぎを戒め、漁の本当の面白さとはこうなんだと、教えてくれている。

愚生に対して、「一度、連れて行ってやる、でも本当に大変だぞ」、と言われて間もなく、御地を離れる事となった。

無線、レーダー、GPS、魚探等何もない頃、すべてが勘と度胸の時代、そのまま手つかずで残しておきたいオヒョウ場でもある。

20年以上前、ミサキの漁家に石楠花を貰いに行った時に伺ったお話しである。

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2008年11月25日 (火)

エリモの新魚種

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「この刺身、スーラてんだ!」

ス.ウ.ラ?

どうでもいいから、
「ケエ!」、(訳者注:食べてごらん!)

「ウメーベー!!」。(訳者注:美味しいでしょう!)

「この頃、定置にのりだしたんだ」。

真夏の朝の8時、潮焼けした赤ら顔、頭に手ぬぐい姿で何世代も続く東洋の漁師さんからコンブ小屋で、ビールと一緒に勧められたあっさりした食感のお魚さんだった。

横におられた、先代の長老は
「こったら魚、俺は見た事もねー!」と仰った。

愚生、昔読んだ色んな「漂流記」の中に、小さなボート、イカダなどの難破船で赤道付近を漂流していると現れ、周囲をぐるぐる回わり、中には船底をコツンと突っつく事もあり、昔から西洋の船乗りの間では大変嫌われている、南方系のお魚さんらしい。

それが、シーラだと後で分かった。

今から、おおよそ20年以上前のことか、温暖化なんて言葉すらなかった頃である。

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2008年11月24日 (月)

エリモのもぐり

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パンチパーマでがっちりした体形、一見、度胸の据わった男で、ヤクザさんも近づき難い風貌の持ち主は漁師兼、潜水士を生業とする方で、’もぐり’と呼ばれていた。

おおよそ20年以上前か、焼酎を飲んでいると、ある恐ろしい重大な事件を怯えながら告白した。

時化の後の濁りで50cm先の視界は効かない、薄暗い港内の長い海藻がゆらゆらしている海中で作業をしている時の事であったそうで、見かけとは正反対で小心者の寝言の様な言いぐさであった(笑)。

すでに時効は成立しているが、気の弱い方は以下ご遠慮を。
.
.
俺のほとんど手の届きそうな目の前に、

海藻の中からゆっくりと黒いものが、

やがてそれが、髪の毛らしい事は何となく分かったが、

その、ゆらゆらしている髪の毛の中から、

今度は、まったく予期せぬ斜め上から、
 
自分の顔のほぼ真正面に、..のそーっと、静かに現れた!
.

薄目を開けた女性の白い無表情のお顔が...、(爆笑)!!

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2008年11月23日 (日)

エリモの白い腰巻

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真夏のエリモは寝苦しい日などなく、無風、快晴の日が続き釣りに最適のシーズンでもある。

どこの漁家でも「釣りに連れてって!」とお願いしたなら、忙しいのにも関わらず、快諾してくれた。
磯舟に乗ると既に掘りたてのイワムシが沢山バケツに入っており、時には冷えたビールと忍者カゴが用意されている事もあった。

まず最初に忍者カゴを荒根の水深10メートル辺りにしかけ、続いて釣り場にアンカを下ろし、船頭はビールを飲みつつ、うたた寝、こちらは釣り三昧と、暫し至福のときを過ごす。

帰り際、忍者カゴを引き揚げると大きなアブラコ、ガヤ、タコ等でぎっしりと詰っている事もあった。

釣り終えたなら、漁師宅で釣りたてのお魚さんを肴に大宴会が始まり、深夜まで延長する事もしばしば。

携帯電話なんてまだない頃、急用の際の連絡方法はたった一つ、陸から祖母ちゃんが長い竹竿に白い腰巻を巻き付け、左右に大きく振る事と決められていた(笑)。

沖にいるときは、浜でお手伝いをしている、中学生又は高校生のお兄ちゃんが操船する磯舟で迎えに来てくれた。

20年以上前の事、なんとのどかな一時代であった事か。

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2008年11月22日 (土)

エリモからアメリカへ直行便

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舟でカレイ釣りの最中に突然、
「これからアメリカに行くぞー!」と船頭が大声で叫び出した。

楽しい釣りが一変した瞬間である。

夏の夕刻、愚生の釣り糸は垂れたままなのにも係わらず、突然、南東方向へ磯舟を急発進させ、滅茶苦茶なスピードで何事が起こったのか、さっぱり理解できない。

舳先に乗っていた愚生の体がいっきに45度以上に持ち上がり、何度も宙に浮き、そして船底に叩き付けられ、釣り道具類はバラバラ、海上にブイがあろうが、網があろうがお構いなし、悪い冗談でない事は直ぐに理解でき、生まれて初めて怖心をいだいた(笑)。

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話は前後するが、御地では温厚、紳士で礼儀正しいコンブ取りの漁師さんともっぱらの評判の方より「釣りに行こう」と誘われたのはその日の朝であった。

浜に着くと、奥様と思しき50代の方が、
「お父さんにお酒を飲ませないでね」と恥かしそうに小声で一言!

船頭は船外機横に座る。約束通リにお酒はすすめず、楽しい語らいの中で愚生一人で釣り、ビールを飲んでいると、夕方近くになって横にあった筈の缶ビール数本がなくなっていた。

すると、その船頭の人格が激変、病的な兆候がではじめた。
先ず、眼光が鋭くなり、次に直立姿勢で背筋を伸ばし、右手を斜め前方にまっすぐ挙げ、映画の一シーンの、あのヒットラーの如く、真顔で、なにやら大声で意味不明の演説を始めるではないか!

しかも太平洋上で、
ギャラリーは一人しかいないのにも拘らずである(笑)。

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そこから磯舟は前記のように、数十分間、狂ったジェットコースターより凄まじい走りを続けたのであるが結局、アメリカ大陸を発見できずに諦めたのか、酩酊運転もしだいにおさまり、遂にUターンする。
薄暮の中を無事、浜に帰って来た時、船頭の先程の鬼の形相は何事も無かったか様に、お澄まし顔に見事、復元していた。

陸から見ていたであろう、お家族からシコタマ怒られたのは何故か愚生であり(笑)、咄嗟に’済みません’と、つい言葉が出てしまった(笑)。

燃料がなくなったら闇夜の漂流、浜は大騒ぎになった筈である。

椅子代わりに使っていたクーラーボックスの蓋は割れて吹っ飛び、カレイは散乱、釣り竿はへち折れ、お尻の皮はめくれ、数日間座れなかった記憶がある。

筋金入りの酒乱とはこの事か(爆笑)!!

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2008年11月21日 (金)

エリモのタコのエサ

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20年以上前、エリモの庶野のベテラン船頭と焼酎を飲みながら聞いた話である。

1月の下旬、庶野沖で二人乗りの魚船でその事故は起こった。
例年、お正月前後にタコの浜値は高騰するらしい。しかも時化が続くとより値がはるので、漁師は多少の無理をしてもタコ漁に出掛けるのだそうだ。
その日も漁師見習いを一人乗せ、時化の早朝、タコ箱を揚げに荒海の中を魚場に向かっていた所、先程までいた筈の見習いが船中の何処を探してもいない、さては海中に転落したと思い、Uターンする為、後部のスクリュウ辺りを見ると、なんとその見習いが、海水で洗われる後部縁に必死でつかまり、顔だけなんとか水面上に出し、気を失う寸前の所を発見、なんとか船に引き上げ事なきを得る。

聞けば、艫で用をたしていた所、大きく揺れる船から落下してしまったが奇跡的に後部縁に手が係ったらしいが大声で叫んでもエンジン音でかき消されてしまい、20分以上も凍るような海の上を引っ張られていた。

厳寒の海では数分で意識を失うとされているが、人間の生命力の凄さか。

船頭は必死で見習いの体を温めた所、やがて回復、何事もなかったかの様に平然と作業をこなしたというから、たいした男だ。

なおも船頭は焼酎をあおりながら、楽しそうに、

「あの野郎、その手を離したらタコのエサよ!」

ワッハッハッ!

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2008年11月20日 (木)

エリモのアブラコの卵

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南トウヨウで恰幅の良い、当時70歳代の白手ぬぐいが似合うコンブ取り漁師は超グルメで地元では有名人のお一人であった。

その爺さん曰く、
「世の中、何が旨いたって、ここのアブラコの卵の醤油漬けが
一番だべ!」と云って、

前浜沖で一緒に舟に乗り、釣ってきたばかりのアブラコを捌いて
ビールと一緒に出して下さった。

今なら、ミシュランの三ツ星レストラン御用達かも(笑)。

所が、横にいたお婆ちゃんからキツーイお言葉が発せられた。

「父ちゃん、若い頃に、これであたり(食アタリ)馬車で診療所に
連れて行ったんだけど、その当時、気の利いた薬などなく、
下剤をたっぷり飲まされただけで帰って来たの、だけど三日三晩、大汗かいて、呻って、転げ回っていたんだ!」とのたまい、

続けて、より詳細なご説明が付いた。

「こ汚たねえわ、キ○タ○は腫れるし、ソッタラモノ、
客に出すな!」と一喝。

表現豊かで、リアリズムに溢れた、正直、かつ健全なる
会話を聞いた時、食欲も萎えてしまった事を思い出す。

他にも御病気があったのではなんて、口が裂けても云えなかった。

..............................(爆笑)。

今から、おおよそ20年以上前のことか。

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2008年11月19日 (水)

エリモのタカノハ

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あれ、タカノハなんて云うんじゃネー!

俺ら、タンタカって言うんだ、旨いぞ!

あれは獰猛で、なんでも喰うんだ、でっかくなるぞっと、

20年以上前、エリモは東洋の漁師の長老から直接伺った事である。

続けて師はこんな事も言っていた。
わしが若い頃、船外機なんてまだない時代、磯舟でコンブ採りをしていた頃、岸から10メートル位の所で、長いカギを使い、コンブをねじって取り、コンブのカシラ、つまりコンブの根っこの部分を船縁で洗うと、そこに付着していた虫、エラコが海面に散らばり、それを喰いに1メートル以上はあるタンタカが海面近くまで寄って来るんだ。

信じられないだろう?

嘘じゃネー、小さくても80cm以上だ、

あれは釣るもんじゃねー、モリで突いて獲るんだ、

そうやって遊んでると、陸からジサマの怒鳴る声が聞こえたもんだ。

「遊んでばかりいないでコンブ取れー!」

「この、馬鹿野郎!」ってな。

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2008年11月13日 (木)

釣りを嫌いになる方法

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秋の大型マガレイ釣りをしたくて親しい船長に電話を入れると、

「いるがソウハチカレイが沢山おり、さきに喰い付くので難しいぞ」、との御達し。

でも行きたい、さあどうするか、

聞けば、派手な仕掛けを控え、海底に餌を付けたままにしておく等、ある意味ご隠居さんの釣り方を真似る事らしい。
釣り餌も’塩エラコ’なるものを、詐欺師的な話術をお持ちの釣り具屋のおばちゃんが(笑)自信を持って推薦してくださった。

’塩エラコ’とはミミズの様なものを鞘から抜き取り、塩でしめたものでいうなればドザエモンのホルマリン漬けならぬ、塩漬けにした様なものを購入、マニュアル本を読破して理論武装をしっかり行い(笑)、いざ出港。

’塩エラコ’に与えられたミッション、

はたして?

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結果、

駄目!!

もう、ソウハチカレイの顔を見たくもない(笑)!!

当分、釣りは止めたーと、!!

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2008年11月10日 (月)

ことば

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故開高 健氏と椎名 誠さんの対談集がある。
その著書、「一言半句の戦場」の中で、

「日本にはマスコミはあってもジャーナリズムはない」と、どちらかが述べていた。

故筑紫哲也氏はテレビで
「ジャーナリズムを死なせてはならない」と述べていた。

氏は又、

「出版物を送り出す側にも、世の中に対する洞察力、そして編集者のこころざしが衰えているのではないか」と述べていた。

さりげなく、そして凛々しく、’
こころざし’という忘れかけてしまった単語を使っている。

言葉は人格なりか、

                           瞑目合掌

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2008年11月 7日 (金)

やっぱり女は怖い

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さあー、選挙より面白い事が始まった!!

共和党を発信源とするヤケノヤンパチ、なげき節が聞えてきたゾー。

今日のアメリカのゴシップは凄い。

「アラスカの田舎ものー」、

「服にお金をかけ過ぎだー」、

「女王様きどりだー」、

挙句に、「負けたのはお前のせいだー!!」

これらのお声を前に、cnnテレビに登場した皮肉屋で名の通っているドレスアップしたお洒落な女性ジャーナリスト御三方の発言は、

ブッシュをこき下ろす事なく、

blaming the victim.....などと、

ちょっと過激で嫌味ったらしいフレーズも用い、何故か15万ドル以上要した服装費に集中していた。

同性をターゲットにした女性同士の会話、やはり、女は怖い(笑)!

いじめられっ放しの散々なPalinオバチャン、ちょっと可哀想!!

服、返したら!!!

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2008年11月 6日 (木)

白洲次郎と民族性

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正力松太郎が巣鴨プリズンに収監された頃の1946年、読売新聞の社説には「天皇も戦争責任あり」、「共産党人民戦線を作れ」などと書かれていたらしい。
現在、大きく右によれ過ぎてしまった読売新聞だが、その社史は左右両極へあたかも浮き草の如く、ぶれの繰り返しだったという事か。

戦後間もない読売新聞の共産化を時のGHQにかけあい、ひっくり返したのが白洲次郎だったらしい。

著書、「白洲次郎の流儀」によると、ケンブリッジ時代、買ったばかりのベントレー1924年式、3リッターエンジンでイギリスから各国を経由し、ジブラルタル海峡までガタボコ道をドライブしたというからメカの知識、運転技術、度胸など半端なお方じゃない。
やがて国際感覚を身に付け、帰国後、この戦争には負けると確信し、今の武相荘でお百姓を始めたとされている。
そして戦後、吉田首相のブレーンとしての仕事っぷり、生きざまが今盛んにもてはやされている。

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たった一冊の自著、「プリンシプルのない日本」にも面白いことが書かれている。

なんとも響きの良い男、絵になる男、育ちの良さとはこういう日本人を指すのであろう。
スーツはイギリスのヘンリーブール、カバンはヴィトン、散髪は帝国ホテルの床屋、車は他に68’ポルシェ911S等でnoblesse obligeをわきまえ、友情、そして気骨にあふれた日本人であったらしい。

又、最初にジーンズをはいた男、マッカーサーを叱った男などとも言われているが真偽の程は定かではない。

しかし50年以上前、当時の白洲次郎評は傍若無人、陰謀家、ラスプーチン等々罵詈雑言の山であるところがいかにも日本的でもある。

当時の人々が白洲次郎のストレートな言動に嫌悪感を感じた事は十分考えられるとしても、同時に根底には島国的閉鎖思考があるのだろう。

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異文化、異端を排除する内輪の論理で横並び行動、同一心情を良しとする村社会ならではのトラウマ的心模様で、今でも社会の隅々に残っており、形を変えて時々ご登場する。

例えるなら、ニューヨーク5番街の雑踏の中を小旗を先頭に、数十人の旅行者がカメラ、両手に沢山の買い物バッグをかかえ、サル軍団と揶揄されながらも一列縦隊で平然と練り歩く勇気ある行動と言うべきか、病理的行動など、その最たる症例だろう。

横道にそれたが、白洲次郎はプリンシプルのない人生、プリンシプルのない職業の恐ろしさ、そして虚しさを説いている。

大変、重要なことだ。

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2008年11月 5日 (水)

オバマさーん!!

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アメリカって国を例えるなら可燃性、爆発性ゴミを詰め込んだゴミ箱の様なもの、その上で火遊びをしている気楽な国民性も併せ持っている。

それにしても2年も選挙にかけるエネルギーがあるのなら、他に使い道でも考えられるのにわけの分からん国だ。

わが村の村長選挙も凄まじいが、7日できちんと終了する、少し見習っては如何。
ただし、わが村民はお酒で騙される人たちが多いが、それにしてもアメリカよりグレードは数段上だゾー(笑)!!

ある作家が言っていた。

アメリカ人が政治の話をやめ、

イタリア人が嘘をつくのをやめ、

フランス人が仕事をする様になったなら.....。

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