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2009年1月31日 (土)

万能ワクチンの意味するもの

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インフルエンザに対しパンデミックなる用語まで飛び出し、集団パニックを引き起こしているのは世界中探しても日本くらいだろうが冷静な判断をしている研究者も多数おられる。

もしもパンデミックが起これば死者は60万人などと全く根拠のない数値が一人歩きしているが、よく引用される1918年のスペイン風邪は劣悪な生活環境下で抗生物質もない時代のパンデミックであり、死因は二次感染症である事は既に証明されている。

つまり現在とは全く異なる条件下の馬鹿げた机上計算値である。

高病原性なる用語は鳥類間の感染による、鳥の致死率の高さを示すもので本来の医学用語ではなく、鳥から人へ感染し死亡した例はあくまでエピデミックであり、人から人に感染した例は今だない。

冬期間にインフルエンザが流行するのは通例である。
にも拘らず、’新型’とか’高病原性’なる接頭語をごちゃ混ぜにして今すぐにでも強毒株が人から人に感染するかの如き報道が巷にあふれ、危機感をあおっているのはマスコミ関係者の誤解か、無知か。

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一昨日、インフルエンザウィルスに対する万能ワクチンの報道があったが従来の膜抗原一本やりからシフトした様だが臨床治験にはまだはいっていない。

この方法が有効なら、やがて他の感染症を含めて人類は感染症を完全に駆逐する事が可能なのか?

夢のまた夢ような話だったのがもうそこまで来ているのか。

そう信じたい。

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2009年1月26日 (月)

生命体とはなんぞや

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早速、オバマは妊娠中絶なるものを容認した。
対するブッシュの後ろ楯だったキリスト教宗教右派は「世界へ胎児の拷問を輸出する」と猛反発している。

過去、共和党は反対、対する民主党は賛成の繰り返しだがこの本質は’生命体とはなんぞや’という問いでもある。

ならば宗教というフィルターを通過させ、政治家如きがイデオロギーを介在させて論ずるかぎり、ブレはなくならない事はなにより歴史が証明している。

余談だが、アメリカ国内では脳死に対する反対意見が殆どない。

逆に日本では妊娠中絶は古くから慣習化されているが脳死にはなぜか厳格である。

この日米の違いは一体何処から生ずるのか?

サリドマイド禍の方には失礼だが、過去に問題になったサリドマイド児の生存率は欧米に比し、日本は半分以下というあまり表に現れない、とんでもない数値もある。

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2009年1月21日 (水)

オバマで列島が思考停止

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アメリカ市民の意思を無視し続け、軍需産業、一部の富裕層だけを優遇した結果、世界経済を滅茶苦茶にしてしまった政権をなんとしてでも変えたいと考え、選ばれたのがオバマか。

その就任式に、遠くはテキサスから車で来たという黒人一家も紹介されていたがそこまで熱くなる国民感情を日本人は理解できないだろう。

政治家に対し、今ではあきらめに近い感慨しか浮かばない日本からみると、アメリカに内在するエネルギーの大きさを痛感させられる。

必死でアメリカを建て直そうとするオバマと、その対極には官僚の渡りすら解決できない、とぼけた麻生首相がいる。

ゴーストライターによって書かれたその演説要旨はあたかも結婚式のスピーチの如くでもあり、なぜか日本列島が瞬時に思考停止に陥ったがこれはマスコミの力も影響しているのか。

余りにも軽薄だったブッシュはこれをどのように聞いたか、想像してみると面白い。

視野狭窄の政治家だけは、もうご免こうむりたいと世界中の人間が考えている事だけは理解できた。

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2009年1月16日 (金)

ハドソン川でチカ釣り

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先程、ニューヨークで旅客機不時着の報を聞く。
ニューヨークのラガーディア空港は、頑固な自然保護団体が守る野鳥のサンクチュアリにも指定されている海岸線に面している。

北西風の時は北側に向け離陸し、ヤンキースタジアム上空を通過するのが一般的な飛行路みたいだが、まともに海岸線を突っ切る飛行路は羽田と一緒である。

離陸時に鳥を吸い込み、エンジン推力が低下したと判断したなら北東方向に位置する、広いロングアイランド海方面に何故、舵を切らなかったのか、それとも推力低下に気付いた時には既に左旋回した後だったのか、少し疑問も残る。

だが、眼下のハドソン川しかないと機長はとっさに判断したのだろう、お見事な不時着だった。

喝采!!

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ニュージャージーとマンハッタンを隔てるそのハドソン川には苦い思い出がある。
その昔、マンハッタンのハーレム近くに宿を取った12月の早朝の事だった。ハドソン川で北海道方式の投げ釣りとチカ釣りをしようともくろみ、かみさんを連れて日本から持ち込んだ250円のサビキ仕掛け、折りたたみ式釣り竿、エサのウィンナーソーセージ等をコンビニ袋に入れ、鼻水をすすりながらコロンビア大学構内を通リ抜けて、ハドソン川方面に向かった。
すると目前に片側3車線の幅200メートルはありそうなハイウェイが現れた。遠くに横断歩道橋は見えたがそこまで行くのは面倒なので、横着してそのハイウェイを高速で飛ばす車の間をすり抜け、なんとか半分横断した。
ここまでは良かったのだが朝のラッシュ時で交通量が次第に増えだし、引き返す事も出来なくなり、中央分離帯で立ち往生、大ひんしゅくを買ってしまった事がある。

この間抜けな二人が日本人の信用度を低下させたのは間違いない。(笑)

行き交う運転手さんは手で合図を送ってくれたり、’危ない’、’止めろ’等、大声でわめいていた。(笑)

もしニューヨーク市警パトカーに見つかったなら、きついお灸を据えられた事だろう。(爆笑)

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2009年1月15日 (木)

美食って

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酢飯とネタ、それにワサビのピリリとした食感を味わうのが本来の日本の寿司であろう。
アメリカの何処だったか忘れたがカリフォルニア巻きとか銘うってアボガド、マヨネーズを海苔巻き風にした寿司なるものを初めて聞き、喰ったのはかれこれ30年以上前か。

愚生にとってはフランス料理にキムチをぶっかけた様なもので決して異文化などと言える代物ではない。カウンターで日本語を喋れない寿司職人が小指を立てながら握った一皿がかみさんの前にならび、中にあったその一巻きを試食してみたが嫌悪感はあるもののさほど不味くはなかった記憶がある。

ところが、今じゃこれは定番、寿司に限らずなんでもありの料理の世界である。

元農水大臣が日本のオリジナルな食文化を残そうと日本食認証制度なるものを言い出したが一蹴されたみたい。スシポリスなる造語まで駆使し、海外の日本食レストラン経営者らは大反対ののろしを上げたが、そもそもそれら経営者の大方は中華、韓国系であった事もお忘れなき様。

対極に何処かの喰いだおれの作家が、
「美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉むことである」などと無責任に言っていたから始末が悪い。

結果、ラーメンなのか、うどんなのか区別の付かないニューヨークのラーメン屋、チリソースに、にんにくおろしをぶっかけて喰わせるオーランドの寿司屋等々が出店しだした。

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故松岡利勝の唱えた言説が開高 健のフレーズを明らかに上回っており、評価されてしかるべきであろう。

ヒトは10歳までに味覚が完成すると言われている。
ならばせめて日本国内では変化に富んだ伝統的な日本食を残しておきたいと考えるのは世の常であろう。
例えば黒人の何でもチリソース、イギリスの訳の分らん不味い料理の様な事になるのだけは避けたいと言ったなら失礼か。

愚生、喰い物に関してはファンダメンタルな超保守主義者であり、料理に関しては故開高 健を心底うらんでいる。

ただし、あくまで喰い物だけだが(笑)。

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2009年1月 8日 (木)

献杯の愚かさ

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長年、お世話になった恩師の法事でも’献杯’なるセレモニーが行われていた。
おごそかに’ケンパイ’と唱和した時に左手にシャンパングラスを持っていたのは左利きの愚生のほかには見当たらなかった。

養老 孟司&玄侑 宗久の対談集、「脳と魂」の中で、玄侑 宗久さんは、「献杯って、ある坊さんが昭和40年代に冗談で始めたんです。その後、’乾杯は右手で、献杯は左手で’などど言ったらそれが正しい作法だと、わーっと素直に本当に広まっていくんですよ。あれ言ったの、俺なんだよと告白した坊さん、今も生きてますよ」と述べている。

遊び心満点の言い出しっぺのその坊さんはお仲間同士で、きっとお腹がよじれるほど笑いこけている事だろう。

愚生はこの本で知り、大間抜けな愚行を何度か演じさせられた一人として腹立たしい思いをしたが、葬式仏教も意外とこんな軽薄短小な坊さんらの豊かな経営感覚から始まったのかもしれない。

日本人の’式’に対するある種の厳粛な姿勢、並びに’坊主の言に偽りなし’と信じ込んでいる事が下地にあるのか。

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ならばスペイン語で’サル’、イタリア語で’チンチン’と発音される乾杯の方が、まだ献杯よりましかもしれない(笑)。

いずれにしろ、このいかがわしい馬鹿げた悪慣習は日本中に蔓延するのか。
ならば今後、左手持ちのグラスが増えるか否か、出席した際は会食前の劇的瞬間をお見逃しなき様に(笑)。

右手にグラスを持っていればマナー違反ですゾー(爆笑)。

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2009年1月 3日 (土)

1ドルのジャズライヴ

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今でも、不思議なライヴを思い出す。
三浦和義のロス疑惑事件2年後の1983年、1$がまだ240円前後と極端な円安の頃であった。
LAのとある薄汚い、安酒臭がただようハーレムの裏通りの様な貧民街にヒスパニックは当時まだ殆どおらず、黒人のだらしない酔っ払い、売春婦、薬物中毒、エイズ患者らしき者らがたむろする雑踏の中を夜、一人でふらふら歩いていた時の事だった。

角を曲がった薄暗い、人通りの少ない路地奥で、中腰でゴミ箱にもたれながら一人の黒人がスウィングしながらラッパを吹いていた。

近づいてみると、ジーパン、シャツ姿の男性が持つトランペットの金メッキは剥がれ、所々が凹み、奏者は最後まで愚生と目をあわす事もなく、また立ち止まって聞くギャラリーもおらず皆、無視したように通リ過ぎて行く。

空きカンも、賽銭箱もないので、1ドルを差し出すと無造作に受け取った。

あたかも、薪能の如く、フレーズのつなぎめの’間’を見事に作り、ハイポジションの絶妙な響きが空間にさりげなく調和している演奏で、喩えるなら能楽師が無私の心で舞うが如くであった。

ニューオリンズの訳の分らないミックスしたジャズ、シカゴの騒々しい、マンハッタンの気取った、時には胸糞悪いジャズともどこか異なる。

押付けがましくなく、さりとて脂ぎっておらず、余計な装飾をすべて取っ払った、今にして思えば、聴かしてやる、聴いてくれ、となってしまった現代ジャズに対する強烈な批判だったのか。

それまで聞いていたジャズがジャズモドキになった瞬間でもあった。

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ホテルに戻り、顔見知りになったフロント、コンシュに伝えると皆驚いたり、呆れ返っていたがその当時、強盗、殺人は当たっり前、警察もあまり巡回出来ない無法地帯、まして夜など誰も近づかない所だと知らされた。

超一流のテクニックがさりげなく顔を出し、リアリズムに満ちあふれていたが反復練習だけではとうてい習得出来得るものではない、身震いする様な感性を一体どうやって身につけたのか、今でも不思議である。

その後、ヨーロッパを含めあちこち行ったが、それ以上の演奏にはまだ出会っていない。

世の中のとてつもない広さ、大きさを実感させられた一瞬でもあった。

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2009年1月 1日 (木)

一流と三流

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過去、日本には一流と称される人たちがいた。
100年以上前の革命時、時の日本は尊王か、開国か国論は二分され、既に海外を観ている勝海舟は坂本竜馬と会見の際、偏狭な攘夷論を唱える竜馬の心意気をみてとったのか、愚論をさとしたとされる。

この様な歴史的一大事に脚本はつきものとしても刺客として向かったはずの竜馬は見事に論破されてしまったが、その後の行動力、肝力ともに見事だった。

同様、白洲次郎の戦後処理の際にGHQとやりあったスタンス、根性、肝力たるや見事だ。

そこに相通ずるのは日本の将来に対し、的確なグランドデザインを描いている事だろう。

今、三流の政治家、経済人、評論家がマスコミ上を闊歩している。
昨今の経済危機で沢山の失業者を出しながらも、決して失政とは言わずに逃げ回る政治家、大企業の含み資産は何百兆円もあるというのに首切りを簡単に行う企業経営者。

竹中平蔵らの経済政策の大失敗が今の派遣労働問題の下地になっている事は明らかにも拘らずマスコミ上で詭弁の限りを尽くし、反省の弁はいっこうに聞かれないのはなぜか。

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イラクに対する開戦理由として「大量破壊兵器は絶対ある」とのたまい、フセインが捕えられた後、大量破壊兵器はない事が明らかとなった時、自民党の山本一太議員の様に、「あの時はそれしか言いようがなかった」などと見事に前言を翻してしまう議員。

政治家である前に人として 決して行ってはならない所謂、己の言葉に責任を持たない事の意味をまったく理解できない不必要な政治家達。

人生にあぐらをかき、安定した話、出世した話や金もうけの話は、ときに卑しくひびく。いかに深く生きたか、いかにさわやかに、いかに優しく生きたかと、故城山三郎さんは問うている。

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