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2009年1月 8日 (木)

献杯の愚かさ

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長年、お世話になった恩師の法事でも’献杯’なるセレモニーが行われていた。
おごそかに’ケンパイ’と唱和した時に左手にシャンパングラスを持っていたのは左利きの愚生のほかには見当たらなかった。

養老 孟司&玄侑 宗久の対談集、「脳と魂」の中で、玄侑 宗久さんは、「献杯って、ある坊さんが昭和40年代に冗談で始めたんです。その後、’乾杯は右手で、献杯は左手で’などど言ったらそれが正しい作法だと、わーっと素直に本当に広まっていくんですよ。あれ言ったの、俺なんだよと告白した坊さん、今も生きてますよ」と述べている。

遊び心満点の言い出しっぺのその坊さんはお仲間同士で、きっとお腹がよじれるほど笑いこけている事だろう。

愚生はこの本で知り、大間抜けな愚行を何度か演じさせられた一人として腹立たしい思いをしたが、葬式仏教も意外とこんな軽薄短小な坊さんらの豊かな経営感覚から始まったのかもしれない。

日本人の’式’に対するある種の厳粛な姿勢、並びに’坊主の言に偽りなし’と信じ込んでいる事が下地にあるのか。

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ならばスペイン語で’サル’、イタリア語で’チンチン’と発音される乾杯の方が、まだ献杯よりましかもしれない(笑)。

いずれにしろ、このいかがわしい馬鹿げた悪慣習は日本中に蔓延するのか。
ならば今後、左手持ちのグラスが増えるか否か、出席した際は会食前の劇的瞬間をお見逃しなき様に(笑)。

右手にグラスを持っていればマナー違反ですゾー(爆笑)。

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