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2009年1月 1日 (木)

一流と三流

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過去、日本には一流と称される人たちがいた。
100年以上前の革命時、時の日本は尊王か、開国か国論は二分され、既に海外を観ている勝海舟は坂本竜馬と会見の際、偏狭な攘夷論を唱える竜馬の心意気をみてとったのか、愚論をさとしたとされる。

この様な歴史的一大事に脚本はつきものとしても刺客として向かったはずの竜馬は見事に論破されてしまったが、その後の行動力、肝力ともに見事だった。

同様、白洲次郎の戦後処理の際にGHQとやりあったスタンス、根性、肝力たるや見事だ。

そこに相通ずるのは日本の将来に対し、的確なグランドデザインを描いている事だろう。

今、三流の政治家、経済人、評論家がマスコミ上を闊歩している。
昨今の経済危機で沢山の失業者を出しながらも、決して失政とは言わずに逃げ回る政治家、大企業の含み資産は何百兆円もあるというのに首切りを簡単に行う企業経営者。

竹中平蔵らの経済政策の大失敗が今の派遣労働問題の下地になっている事は明らかにも拘らずマスコミ上で詭弁の限りを尽くし、反省の弁はいっこうに聞かれないのはなぜか。

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イラクに対する開戦理由として「大量破壊兵器は絶対ある」とのたまい、フセインが捕えられた後、大量破壊兵器はない事が明らかとなった時、自民党の山本一太議員の様に、「あの時はそれしか言いようがなかった」などと見事に前言を翻してしまう議員。

政治家である前に人として 決して行ってはならない所謂、己の言葉に責任を持たない事の意味をまったく理解できない不必要な政治家達。

人生にあぐらをかき、安定した話、出世した話や金もうけの話は、ときに卑しくひびく。いかに深く生きたか、いかにさわやかに、いかに優しく生きたかと、故城山三郎さんは問うている。

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コメント

いかに優しく生きたか。
最近心に引っかかる出来事が多くて、少し落ち込み気味でした。
優しく生きるのが難しい時代なのでしようか。
今夜は仕掛けでも作ります。

投稿: 北遊人 | 2009年1月 3日 (土) 17時38分

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