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2009年2月23日 (月)

多田富雄さんと白洲正子

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昨夜のetv特集、nhk教育テレビ「もう一度会いたかった」と題した能が放映されていた。

多田富雄作の新作能、花供養の中で「花は両性具有なり、おしべめしべを取り巻き、心は男、姿は女、その寂寥の思い出を変性男子の願いをこめて語り申さん、聞きたまえ」と言わしめて、故白洲正子の深い美意識とともに茫漠とした世界が見事に表現されていた。

川瀬敏郎の献花で始まり、シテが梅若玄祥、アイが真野響子という豪華メンバーで女史が生前好んだ椿の華にも喩え、今と過去を同時軸で表し、無常を演出している。

現代劇とのクロスオーバー的演出もみられたが残念ながら一回だけの公演という。

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すさまじい執念、エネルギーが車椅子上で左手の指一本のみで打つ声代わりのキーボードに乗り移って、能を演ずる側であった白洲正子を被写体として又、山姥としてまで白洲正子との邂逅を望んだでのあろう。
脳梗塞で倒れ声を失った免疫学者でもある多田富雄さんの胸中に去来したものは一体何だったのだろう。

テレビでは断片的であったが凡人にはうかがい知れない個人対個人、現在対過去等を取っ払った高い精神性を含んでいるのだろう。

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2009年2月19日 (木)

村上春樹の受賞スピーチより

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作家の村上 春樹さんがエルサレム賞受賞式の際行ったスピーチが話題になっている。

Always on the side of the egg/by Murakami Harukiより、

"Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg."
Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg,
I will stand with the egg..
以上、イスラエル紙、HAARETZ.COMより一部抜粋、

優れた比喩である。

だが壁vs卵すなわちイスラエルvsパレスチナの単純明快な二元論だけでとらえてはお笑い種でしかない。

他にも企業vs派遣社員、ゲルマンvsホロコーストで虐殺されたユダヤ人、征服者vs被征服者等々あってもいい。

村上 春樹のスピーチは受け取る人それぞれに独自の質問を呈し、受け取った人自身の影を映し出してくれる。

正邪の論理ではない弱者の視点、弱いものの味方、たとえ間違っていても弱いものの側につくと述べておられる。

しかしスピーチにはないが重要な事は弱いものがいつも正しいわけではないという点にあり、この部分が愚生ら団塊の世代の勘違いしやすい所でもある。

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人の「正しさ」ではなく、根っこにある「弱さ」が彼の本の中にある。

あえて深読みするならば、大きい卵は小さい卵を救う意思はあるのか、卵の集合体が壁ではないのか、そしてそこにこそ根源的な悪が潜んでいるのではないか。

でも皆、大きな卵になろうとしているんだという事に簡単に気付く。

どうだろう、この大きな矛盾?

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2009年2月18日 (水)

サクラマス大漁!!

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2月18日、前日の千歳空港は大雪で欠航便が相次ぐ中、気楽に白老沖で2度目のサクラマス釣りを楽しむ。
今度は西風が強く、白波がたつ中、ヴァージョンアップした毛鉤に、少し姑息的な細工を施し再度、挑戦する。

結果、9時頃には制限の10匹を達成する。

2キロ以上の大物も5-6本混じり、飽きる事はなかったが、寒風で手足の指先の感覚は麻痺する中、600号のバケを最後まで振り続けるスタミナと、根性を要する釣りでもあった。

帰港後しばし、骨っぽい船長と釣り談義をする。

結論、
「お前は釣りは下手だが仕掛けが素晴らしい、今度、俺にも持ってこい!」との、お達し(笑)!!

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真冬の釣行で心底冷え切った体には、露天風呂と暖かいラーメンは北海道人の特権でもある。
乳酸をたっぷり溜め込んだ上腕2頭筋は硬直、お箸を持つ手は振るえ、お顔の神経は麻痺、鼻水の滴下したドンブリのたれは、恥ずかしながら一滴も残っていなかったのであります(爆笑)。

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2009年2月17日 (火)

作家と政治家

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作家の村上 春樹さんがイスラエルのエルサレム賞に選ばれ、各方面から受賞辞退を具申されそうとう迷ったらしい。
その村上 春樹さんのスピーチは「イスラエルが仕掛けたガザに対する残虐非道な攻撃を非難する」メッセージ性の高いものであり、その内容も素晴しく、世界中に放映されたらしい。

日本の文学界から意見を発した事こそが快挙、しかし日本の宗教界からは、もの悲しい念仏は聞こえても、こと平和に関する限り無音に等しい。

発信源は異なっているが、日本のGDPがマイナス12%と世界最悪の数値と一緒に、政治家なる仕事を完全になめきって、真っ昼間から酒を飲んでいる中川大臣の酒乱酩酊のお顔も併せて世界に高いメッセージ性をもって放映されたらしい。

気楽な世襲議員の本態を曝したまでの事だろうが、優秀な作家と、詭弁を繰り返す女々しい政治家の混在する経済大国日本の実態を改めて世界に知らしめた事はまことに結構。

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68年前に世界を相手に戦争をふっかけて丸裸になり、その後、世界の3分の1のマネーをかき集めて、再び衰亡へとひた走っているのか。

何故なのかの議論は既に出尽くしている。

こんな寄生虫の様な国会議員を選んでしまった日本人の政治性の欠如が、今度は戦争ではなく、貧困へと向かっている。

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2009年2月14日 (土)

サクラマス釣りの出来事

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2月13日、大時化が予想される中、家族の非難を無視し(笑)、いざ白老漁港目指して深夜出発、狙うは勿論サクラマス。

ポイントの白老沖水深110メートルに到着、海上は曇り、北風で波もなく、見渡せる範囲に数隻の釣り船が見える。
薄暗いうちはやや明るい色のバケを用いたのだが周囲の喧騒をよそに、愚生には当りどころか、お触りもない。
7時過ぎにようやく2kgを超えるサクラマスが初ヒット、すると次第にコンスタントに釣れだす。

9匹釣上げた8時を過ぎる頃から案の定、南東風に急変、白波がたちはじめ、やがて船上で立っていられなくなる位揺れ出し、あえなく終了。

一度、90メートルラインで明らかにサクラマスとは違う、凄い重量感のある引きが鋭角的にグイグイと数秒続き、ロッドキーパーから竿がはずれて海面にぶら下がり、危なく持ってゆかれそうになった。
急いで持ち上げるが、手ごたえは既に消え去り、カンハチ用の針に孔雀毛等を混ぜた毛鉤がハリスの結び目から無くなっていた。

頭の中がドーパミンで満たされた瞬間であったが、そう長くは続かなかったのであります(笑)。

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さてはカナダのバンクーバー界隈でアンチョビを餌にダウンリガーで棚をとり、トローリングしながら釣った、あのウィンターランが小魚を追いかけて北海道まで南下して来ているのか?

ならば再度なんて、お馬鹿な事を帰路の途中にある雪に覆われた露天風呂に浸かりつつ、ノホホンとしながら夢想した。

至福の一日、逃げたお魚さんはやっぱりデカイのであります(笑)。

さあー、喰うぞ!!

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2009年2月11日 (水)

カオスを脚本する

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言葉のおごり、たかぶりも結局、己に帰する事すら存知あげない、そして世間の怖さを知りえない、齢を重ねても幼弱なお方のなのか。

不思議である、
ロゴスを否定しカオスを演出する目的は一体どこにあるというのか。

愚生にはさっぱり理解出来ない。

若しもなんら目的もなく、自らエントロピーを増大させているとするなら、その源泉は知性、教養の欠如。

安倍晋三から麻生太郎まで世襲議員ばかりの自国の首相を嘲笑する事がいかに愚かな事か、それを理解しえない日本人はいない。
この素晴らしい日本という国が、だんだん薄っぺらに、そして下品になっていく事を実感させられる。

国家の衰亡は人材不足からも生ずる、極論すれば、もう日本人には自国を運営する能力がない証なのか。

ならば、外国人に依頼するのも選択肢の一つであろう!!

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2009年2月 8日 (日)

今思う、宗教右派なるもの

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ブッシュの戦争と揶揄されたイラク侵攻の根っ子に棲息していたキリスト教宗教右派の論理では宗教絡みの戦争は決して無くならない。
片方でもっともらしく博愛だの、生命の尊厳とやらのご高説を説きつつ、軍需産業には非常に都合の良いシスティマティックな、しかしとんでもない矛盾を内臓した宗教である事には違いない。

元をたどれば窮屈な地上にキリストさん、ヤハウェ(エホバ)さん、御釈迦さん、アラーさん等が各々視野狭窄症に感染し、全体会議も開かずエゴイスティックなまでに地域、民族に根を張った短絡的とも思える主張をしでかしてしまった事に深い原罪があるなんていったなら高校生にも笑われるか。

とりわけアメリカのキリスト教宗教右派の様な優勝劣敗、一人勝ちを内在する過激な戦闘思考がイラク侵攻へ、そして破局的な今の経済恐慌の下地となっている事は否定できない。

結局、自らのくびをも締めるだけだって事をアングロサクソンは学習したのだろうか、甚だ疑問である。

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梅原猛氏は、猪瀬直樹著「日本の信義」の中でも「一神教は、種族のエゴイズムむきだしの好戦的な宗教ではないか、この一神教を批判的にとらえ、あるいは抑制なしには人類の永久の平和は不可能である」と北海道のアイヌに見られるアニミズムを対極に挙げて論理を展開している。

故加藤周一氏は夕陽妄語Ⅶ、「神はどこにいるのか」の中で、科学と宗教的信仰の力とは、どこで矛盾し、どこで折り合うのかと、最後に世界を変えるためには信仰なのかもしれない・・・」と結んでいる。

論理は狂っていると云うのは簡単である。

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2009年2月 5日 (木)

現実と仮想のはざま

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与作(ドーベルマン種)はご主人様と色々な約束事がある。

まっすぐ前を向いて走る事、美人を見ても振り返らない事、人前で放屁はしない事、鹿、熊を見つけたなら追いかける事、ただし食いつく事は厳禁等々である。

欲望が勝る事もしばしばあるが、それらのルールを守らないとしっかりと怒られる。

その時の態度に与作の脳内が垣間見える事がある。

怒られて、ばつの悪そうな時、或いはガッカリしている時は、ただ単に事実を認識しているのだろう。

又、後悔している時は、現実と仮想の現実を脳内で描き、比較検討しているのかもしれない。

与作がまだ成長期の頃には怒られた時、他にも取りうる選択肢は無視と反発があったが、今では与作の脳内には’ガッカリ’と’後悔’の思考パターンしか存在しないみたいだ。

ただし、顔つきから勝手に判断したまでで客観的証明はまだできないが、その違いは明らかに見て取れる。

ドメスティックな動物が獲得した術なのか、かなり高度な脳内回路が働いている事はどうも確かな様だ。

人と動物の違いの一つに仮病の有無があるといわれている。
もしも与作がfactualとcounter-factualを反芻してregretもどきを演じているとしたなら。

さて!!

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