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2009年3月26日 (木)

三流国家の卑しい検察

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民度の低さを見透かしたかの如く麻生首相らは政権維持の為、最後の一手として検察を刺客、あて馬代わりに使っているのか。

弄ばれている東京地検は予想通リ、ゼネコン献金問題を民主小沢に対してのみ捜査を行い、逆に返り血をたっぷり浴び、検察批判の嵐に曝され続ける惨めたらしさ。

それにしても不思議に思うのは、余りにもレベルの低いこの程度の無謀な決断がなされた検察内部の思考、議論の過程である。やはり外部から大きな圧力が加わったするなら納得もゆくが・・・。

昔から内在する検察不信が表面化すると、自己保身の為に検察の独立をうたい、時々発表される世論誘導とも思われる検察当局のリークが検察の自信のなさ、焦りを如実に語っている。

検察は法務省の管轄下、予算、人事は牛耳られ、時の政権から政治的干渉に唯々諾々と従い、ご褒美として検察トップは美味しい天下り先にたどり着くという古典的図式を内在しつつ、悪徳ゼネコンの政官財の癒着構造を暴く、というのだからとっても可笑しい。

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検察が守るべき日本の国益、それは当然、国民の権利のはずだ。
所が与党、野党伴に同根の犯罪性が提起されているにも係わらず、与党は見逃し、野党党首の法的責任は結局追及できず、道義的責任のみ露呈させ、余命いくばくもない時の政権を死守する今回の捜査はバランスを失した検察の自殺行為としか思えない。

検察の説明責任だけでは済まされない重要な問題が提起された。

マスコミ大手に元検事総長が天下っているからなのか分らないが、今回マスコミ各社の検察に対する報道姿勢は余りにも弱腰すぎる。

この国の司法も又、政治同様に三流国家となんら変わらない、ならば今必要なのは検察を監視する第三者機関として検察監視装置かもしれない。
この外部から監査されない姑息的な検察という集団、今は組織防衛と自民、公明へのすり寄り、そして何より恐れる政権交代に慌てふためく日々だろう。

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2009年3月21日 (土)

イトウ、タイメン、興安マグロ

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日本でイトウ、ロシアではタイメンと称され、釣り師を魅了する所か、釣り師の人生そのものまで変えてしまうお魚さんである。

漫画、釣りキチ三平の矢口高雄さんが中国ハン陽から列車で20時間、農耕車で湿地帯に分け入り、さらに4時間、最果ての川に日本で一番乗りと喜んでいたら、白いあごひげを蓄えた日本人に出会う、それが週刊釣り情報の小西和人であり、イトウを釣っていたとある。(朝日新聞より引用)。
常人では考えられないイトウ釣りの魔力は喩えるなら原理的シャーマニズムに近いものがあるのかもしれない(笑)。

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イトウ釣りでは開高 健が有名だが数十年前、神田古書街で入手した、今野 保著、「秘境釣行記」中公社出版の中にも朴訥な語り口ながら、イトウ釣りの度肝を抜く、凄まじい獲り込みの様子が詳細に紹介されている。

昭和16年、筆者は中国の奥地でどうにか手に入れた綿糸、オモリとなるナット、自製の釣り針、そして餌となるスズメ2羽を袋に入れ一人で馬に乗って深淵のあるハルハ河の支流に向かった。
綿糸を柳の枝に結び待つ事30分、そのスズメを餌にした仕掛けに巨大なイトウが掛かり、釣竿等はなく両手で紐を引っ張るがズルズルと川面に引っ張られる始末、やもうえず近くにいた愛馬の鞍にミチ糸ならぬ紐をくくり付けて引かせ、苦労した挙句にやっと浮いた魚体は2.3メートル位であったが獲り逃がしてしまった。
翌日、筆者は軍隊仲間数名と伴にトラックに乗り込み再度行き、今度は川で火薬を爆破させて浮いたイトウを仲間と伴に危険覚悟で手づかみにした。
捕えた中で最大のイトウは体長2.8メール、太さ2メール、それより大きいイトウは逃げてしまった。
そして脂ののったイトウを皆で刺身にして美味しく食べた。
この巨大魚を中国では興安マグロと呼ぶそうだが、著者には北海道に棲むイトウとしか見えなかった・・・・・以上、要点のみ抜粋。

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昨日の新聞紙上で、「幻の魚、イトウの保護条例が道央の南富良野町で制定」とある。
川を守る事は即ち木を、森を守ること、快挙である。

これが無規制で激減している渓流魚復活にむけた静かな革命のはじまりになればいいのだが。

釣り師は少しだけ、我慢しよう!
2メートル以上に成長する事を夢見て、応援しようではないか!

余談だが、キャッチ、つまり釣る技術以上に、リリースする技術のほうが難しい。
北米のある所では子供に対して、釣り挙げる技術より、針外しの方法、渓流への逃がし方を、そしてクーガ、熊から身を守るすべを最初に教えている。

今、オーストラリアニュージーランドに限らず北米でも在来の大型魚を乱獲から守り、生息数を増やし、世界中の釣りキチが集まって来て、一大産業が成り立っており、ネイティブインディアンのガイドも沢山いる。

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2009年3月12日 (木)

アイヌのおじちゃんの釣り

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愚生が悪ガキの頃、北海道は有珠のバチェラー教会近くに、あるアイヌの漁師がいた。
親切でやさしいオットリしたこのおじちゃんは遠浅で沼のような有珠の海で、愚生に磯舟の櫂の漕ぎ方、潮の流れの見方、カレイの釣り方を丁寧に教えてくれた。

「ボン、いいか、よく見とけよ、カレイは竿など使ったなら駄目だ!」と言って、自製のテンビン仕掛けに針2本だけの単純な仕掛けを出し、途中の岩場で採ったエラコを針に付け、舟べりに据わり、人差し指と親指でミチ糸を持って、海底でオモリをほんの少し上下させるだけの至極単純な釣法を教えてくれた。

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中学生の指先にツンツンとカレイ特有の当りがくると無意識のうちにミチ糸を持つ手が素早く挙がる。すると釣り上がったカレイの口から針は簡単にはずれ、餌はさほど痛まず、何度も使える。慣れてくると魚の口の何処に針が掛かったのか、ハリスに魚が触れる感触、海底の細やかな変化、そして餌の有無まである程度分る様になった。

この狩猟の民の技、英知を教わった事が愚生にとって最高の楽しみを得た瞬間でもあった。

ワトソンとクリックがdna2重ラセン構造理論を立ち上げた時、O・エイブリーや、ユダヤ系の早世したR・フランクリン女史は後世、アンサング・ヒーローと呼ばれているが愚生のアンサング・ヒーローはこのアイヌのおじちゃんである。

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余談だが、明治11年8月(1878年)、イギリス、スコットランド生まれの女性旅行作家イザベラ・バードが函館に到着、噴火湾沿岸から白老、苫小牧、富川、平取を往復した旅行記、「日本奥地紀行」平凡社に有珠のアイヌに付いて興味深い事が記載されている。

『有珠は美と平和の夢の国である。アイヌは輪廻思想を有し、南スペインの人々の様に色は浅黒く非常に毛深い。彼らの表情は真面目で哀愁を湛え美しく、人の心を打つような優美さが漂う。これはヨーロッパ的であって、アジア的ではない』と記している。

このおじちゃんはきっと、100年以上前にイザベラ・バードが出会ったアイヌの子孫だったのだろう。

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2009年3月 6日 (金)

白洲次郎なら

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こんな浮世でも大事なものに人間関係がある。
それは家族であり、友人であり、所属する組織内の人間模様でもある。

「きれいごと」をリアルかつクールに演じる人間が一定数いないと組織、社会は保たれない。
笑いをこらえて自尊心をくすぐると演技はより格調高くなる事もある。

それ以外、そこらの十把一絡げの三下連中は、「きれいごと」を演じる役者に引っ付いていればいい。
どうせ牙もなく、たいしたことはできやしない、尻尾をうまく振れればそれでいい。
それが三下ポチの流儀でもある。

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所がクールに演ずる役者、三下らが背伸びしすぎると実にばかばかしい悲喜劇が生じる。
これに間抜けな処世術が加わると、もうごった煮状態になる。

三流小説用に話題提供してくれるが、それも眺めすぎると欠伸がでる。

プリンシプルを失ったのは国会だけではない。

つい、白洲次郎の代弁者みたい事を書いてしまった。

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2009年3月 2日 (月)

心耳と心眼

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生物の過去から現在まで異物の攻撃痕をチェックするのも免疫学だとするなら、その免疫学者でもある多田富雄さんの書の中に「古人は心耳で聴く」といった表現をされているが、いかにも科学者らしい含蓄に富んだ言い回しにも聞こえる。

多田富雄さんはご自身が患った時、音を想像する、所謂心耳で小鼓の音を聴き、謡曲を謡う、すると見えない舞台に舞が見えてくると書いている。
そして私の脳の中の能舞台で名曲を鑑賞した。
すると不思議に心が休まったとある。

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同様、ある恩師が「心眼でみる」という事の重要性を何度となく説かれた事を思い出す。
師は当時、まだマクロ顕微鏡全盛の時代にミクロの世界を仮想、そして構築された世界的にも名の通った病理学者でもあった。

無音の中に音を想像して舞う能の世界、かたや小さな事実を積み重ね、その中から仮説を構築する能力を問われる科学の世界、それは又主観vs客観であり、芸術vs科学でもあるのか。

両者は一見、関連性はないようだが脳内回路は意外と途中まで重複しているのかも。

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