アイヌのおじちゃんの釣り
愚生が悪ガキの頃、北海道は有珠のバチェラー教会近くに、あるアイヌの漁師がいた。
親切でやさしいオットリしたこのおじちゃんは遠浅で沼のような有珠の海で、愚生に磯舟の櫂の漕ぎ方、潮の流れの見方、カレイの釣り方を丁寧に教えてくれた。
「ボン、いいか、よく見とけよ、カレイは竿など使ったなら駄目だ!」と言って、自製のテンビン仕掛けに針2本だけの単純な仕掛けを出し、途中の岩場で採ったエラコを針に付け、舟べりに据わり、人差し指と親指でミチ糸を持って、海底でオモリをほんの少し上下させるだけの至極単純な釣法を教えてくれた。
中学生の指先にツンツンとカレイ特有の当りがくると無意識のうちにミチ糸を持つ手が素早く挙がる。すると釣り上がったカレイの口から針は簡単にはずれ、餌はさほど痛まず、何度も使える。慣れてくると魚の口の何処に針が掛かったのか、ハリスに魚が触れる感触、海底の細やかな変化、そして餌の有無まである程度分る様になった。
この狩猟の民の技、英知を教わった事が愚生にとって最高の楽しみを得た瞬間でもあった。
ワトソンとクリックがdna2重ラセン構造理論を立ち上げた時、O・エイブリーや、ユダヤ系の早世したR・フランクリン女史は後世、アンサング・ヒーローと呼ばれているが愚生のアンサング・ヒーローはこのアイヌのおじちゃんである。
余談だが、明治11年8月(1878年)、イギリス、スコットランド生まれの女性旅行作家イザベラ・バードが函館に到着、噴火湾沿岸から白老、苫小牧、富川、平取を往復した旅行記、「日本奥地紀行」平凡社に有珠のアイヌに付いて興味深い事が記載されている。
『有珠は美と平和の夢の国である。アイヌは輪廻思想を有し、南スペインの人々の様に色は浅黒く非常に毛深い。彼らの表情は真面目で哀愁を湛え美しく、人の心を打つような優美さが漂う。これはヨーロッパ的であって、アジア的ではない』と記している。
このおじちゃんはきっと、100年以上前にイザベラ・バードが出会ったアイヌの子孫だったのだろう。
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コメント
与作様の ババガレイを刺激する誘いの根底がどこにあったのか 解ったような気がします。
少し慌ただしくなって来ました。
7月 鰤戦を楽しみに 働きます。
投稿: しんちゃんファミリー | 2009年3月13日 (金) 21時32分
津軽海峡は潮の流れが速かったので、私が来た10年ほど前は海峡天秤と呼ばれる200号のオモリ付きの天秤でした。
私も最初はその天秤を購入しましたが、カレイのアタリが解りにくかったので、竿釣りに転向しました。
最近は竿釣りの人が多くなりました。
イザベラ・バードおばさんは蓴菜沼は蚊の多いところだと書いていました。
投稿: 北遊人 | 2009年3月14日 (土) 20時50分
アイヌのおじちゃんの教えはとっても面白かったです。
ある釣具屋さんのオヤジさんが
「魚はあまり釣れない方がいい!」と、けだし自爆的名言、迷言を・・・?
なにやら、共通していませんか(笑)!
イザベラ・バードおばちゃんは他に虱、蚤、シラクモ等の感染症例を報告しております。
ここまで書いたら、モゾ痒くなってきました(爆笑)。
投稿: 与作 | 2009年3月21日 (土) 10時34分