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2009年7月22日 (水)

静狩峠のイチョウの巨木

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北米の山奥にスチール、チヌークねらいで釣り竿を数本抱え、飛行機、フェリーを乗り継ぎ、パスポートを濡れない様しまい込み、ヴァドワイザー片手に山道を車で走ると北海道で釣り慣れた愚生にとって大きな二つの違いが目に付く。

一つは渓水の色が朽ちた古木の木質部から浸み出た?色素にも影響されるのか、薄い褐色化しいる事、そしてもう一点、北米では至る所に巨木が伐採されずに残っている事である。

一本の巨木を残す為、道路を変更する事さえ厭わない懐の大きい、ゆったりした文化が根付いている。アングロサクソンの食に対する欺瞞はさて置き、自然に対する畏敬の念は各所で目にする。

愚生にとって、羨ましい人生を送った旅行作家イザベラ・バード女史を兎角、セクショナリズムに毒されている現代の学者らはやれ民俗学者だの、地理学者だのと、のたまっているが本人が一番嫌っていることを貴本から読み取れないらしい。

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クソ度胸と子供の様な純真なる好奇心、感性に満ち溢れた心を持ち続け、世界中を旅して歩いたイギリス人のイザベラ・バード女史が生まれたのは産業革命後であり、既に近隣ヨーロッパも含めた自然林の多くは伐採され尽くされていた筈である。

女史が北海道旅行された130年前、正しくunbeaten track沿いには各所に大木が生え、素晴らしい手付かずの大自然、及び、数日寝食を共にしたアイヌの様子が生き生きと新鮮な喜びと驚きを持って書かれている。

平凡社出版「日本奥地紀行」の中で函館に到着後、日高の平取を往復した時、例えば、盲人と老人に対する思いやり、いたわりはイギリス人のどんな上品な振る舞いだって、優雅さと親切心では彼らにかなわないと当時のアイヌに付いて記している。

又、題41信、帰路、北海道噴火湾沿いの「礼文華から長万部に至る静狩峠に一本の大きな銀杏の木を見た。高さが地面から3フィートで8本に分かれ、どれも直径が2.5フィート以上あった」と記され、まさに巨木、奇木の類である。

時に女史の脚は鐙から外れ、鞍から後ろへずり落ちそうになりながら、必死にドサンコの尻につかまり、急峻な峠越えした様子等はとても危険だが、自嘲気味に書かれており、騎乗技術は可也のものだったのだろう。

ベットウ(馬子)を一人従えただけのこの逞しき女史の見た静狩峠のイチョウの巨木は果たして131年後の今でも、けわしい断崖沿いの旧道横に生えているのだろうか。

洋上で下手なカレイ釣りを楽しみつつ、木々の紅葉に混じって黄葉が観られれば望外の喜び・・・。

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2009年7月18日 (土)

トメ吉が一言

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生命現象を営んでいる生命体に今の医学レベルでは断言出来っこないアングロサクソン発の’脳死’なる単語を用いて、緩衝地帯を設けつつも処断する事が許される法ができた。

ご都合主義である。

生命倫理なるいっけん高尚な論議の中に、最大の問いでもある、暗黙のうちに行われている妊娠中絶に論は及ばない馬鹿々々しさを内蔵したままの議論の結果なのだろう。

又、サリドマイド禍の方には失礼だが、過去、世界的に大問題となったサリドマイド児の日本の生存率は欧米に比し、半分以下という表に現れないとんでもない数字はハンセン病罹患妊婦の胎児に於いてもまた然りであった。

日本人の生命観の中に生命体を胎齢、外貌、要、不要によって遮断する事を黙認してきた風土の上に、今度は脳機能停止を’脳死’と勝手に言い換え、加える事となる。

愚生、これで良しとする日本人の多い事に呆れる。

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2009年7月12日 (日)

フジコとババ

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am5:30分、太平洋上、竿先にチョンチョンと水深18mのお魚さんからシグナル、竿を持ち上げると根掛りしているので、力いっぱいシャクルと海底から少しずつ外れ、滅茶苦茶重たい竿に僅かながら魚信もある。

竿は弓なりとなるが、何とかリールを巻くことが出来、少しずつながら上がってくる様子を船長は眺めながらタモを持ち、横で身構えている。

ワクワク、どきどきの時間が流れ・・・!!

ナンダベーと船長も真顔に・・・!

やがて数分後、3本針の仕掛けに喰い付いてきたのが前よりは小さいタコと一緒に40cm前後のババカレイ&ナマコ、美食家の垂涎の的となる食材であった。

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am11:30分頃、今度は無形無心体の如き、のっぺらとした黒い生命体が無抵抗で上がってきた。

フジコだ!

ほんとうの名前を教えて?

ほんとうだ!!

でも顔がにやけている?

ほんとうだって、ナマコのでっけい奴だ、これも旨いぞ!!

てな事で、種馬のホーデンの如き代物だった。

開高 健は地上で最初にナマコを喰った人の心境を代弁しているが、このフジコに挑戦するには多少の勇気も必要。

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フジコちゃんとおババに遊ばれた至福の一日!!

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2009年7月10日 (金)

モデリングとリモデリング

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作り、片方で壊し、その破片を再利用して再び作る、実に見事な再生産方式を日本人は輪廻ともよんでいる。

生体内に限らず、森といわず川といわず、自然界でもありとあらゆる所で太古から繰り返された地球上の大原則であろう。

それをぶっ壊すのが’グローバリゼーション’なる猛毒、大航海時代、もっと遡ればシルクロード時代にも既にあったらしい。
例えば、正倉院御物の中にはイランからの材料も含まれグローバリゼーションは想像以上に古くよりあった事になり、現代人には到底真似出来ない、高度な天平の職人技がイノベーションの結晶として残されており、現代人に出来るかなと問うている様にも思える。

異論はあるにせよ気象学者によれば温暖化は止められないらしい。
地球はやがて、無生物状態になるどころか、生命の痕跡すらなくなる日を一日でも伸ばせというのが今の一般論らしい、だが危機意識がないのも奇妙でもある。

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物理、化学の天才であった天平職人に習い、ドラマチックな防止策が日本から発見されることを人々が期待し又、日本のリーダーシップを世界が期待している今、ドイツのボンで開催された国連気候変動枠組条約で日本が出したCO2削減目標があまりにも低すぎる為、会場はブーイングの嵐であったらしい。

こと温暖化に関しでは会戦前夜である、究極のモデリングとリモデリングが問われているにも拘らずこれが日本の実態である。

バッカヤローと言うのは簡単だが・・・。

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2009年7月 7日 (火)

マクナマラの回顧録

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今、アメリカに住む諸般の事情を抱えた沢山のベトナム人達は元フォード社長で、国防長官を務めたマクナマラの死をどの様に考えているのだろう。

対極にありもしない共産主義ドミノ理論をお題目に、ベトナム戦争を実質的に指揮、兵器の実験場と化し、その後の「マクナマラ回顧録」でベトナム戦争は間違いだった、すべきでなかったと述べている。

そもそも、ベトナム戦争の大儀、そして勝算はあったのか、今でも大きな疑問であり、マクナマラ自身、自分の人生を振り返った時の心境たるや、如何なものか。

召される前にベトナム人に対するせめてもの謝罪の言葉もなかったのだろうか。

cnnはアメリカ軍人の死者が約5万8千人に達したと盛んに述べているが、ベトナム人の死者が2百万人を超える事には一切触れていない所が如何にもアメリカらしい。

国家に対する忠誠心は人一倍あったらしいが奉仕する事の方向を間違え、履き違えた愚かな男にすぎない。

小田実は著書の中で、ベトナム戦争をマクナマラの戦争とも揶揄しているが、仮に、歴史に善悪はないにしてもアメリカは愚政の末路からなんら学ぼうとしない国家なのか。

そこにあるのは驕り、欺瞞、どうやらターミナルステージへと向っている様にも見える。

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2009年7月 5日 (日)

竿、折れそう

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昆布、それともドザエモン?「竿、折れる~」!

「あわくうな、隣の奴、ボサッとしてないでタモ入れろー!」と船室より厳命が!

「駄目だ、入らない」と乗組員!

「下手糞!」と鬼船長。

なんとかタモに捕り込んだけど、今度は重くて持ち上がらない。

「駄目だ~、タモ折れる!」と船長が罵声とともにやっと出番!

んで、やっとこさ、垂直に持ち上げ、挙がってきたのは大きなマダコ。

他の釣り人からも歓声!!

「これ、ウメイんだよなー」とにやけ、猫なで声に劇変した船長。

帰宅後、解剖に取り掛かると何故か、お足が4本足りない。

自喰いか、他喰いか?

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