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2009年8月30日 (日)

アイヌと巨木

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加藤周一らによると多神教の根っこにあるアニミズムとやらは森から自然発生的に生じたと推測している様だが、縄文人由来の巨木信仰を生活の中に取り入れてきた長い歴史はここ北海道では否定され、逆に北米に見られる様な一神教のカミサマが巨木を残すといった、おかしな逆転現象に北海道人は恥じを自覚しているのか、それすら疑問である。

古よりアイヌは巨木に神を棲まわせ後世に語り継ぎ、大事に残してくれたにも拘らず、良識ありと自任する善き文明人は西洋の文明なるものが東洋に入り込んだ時から近代化を勘違いしてしまい、100年足らずのうちに伐採し尽くし、取り返しの付かない大失態を仕出かし続けている。

’開発’の美名のもとで古木、巨木の類まで切り尽くし、挙句に田分けな田舎の首長さんにいたっては、近代化の遅れ等と空疎なスローガンを立ち上げ、昔からあった自然林を伐採し、アスファルトで覆った無人の公園を造る事を近代化と勘違いしている。

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イザベラ・バード女史は130年前、北海道のいたる所に自生していた巨木を見て驚き、感銘した事を書き残してくれたが、北海道人はアイヌ文化から何一つ学んでいないばかりか、無関心、無思考に加え政財管の巧妙なプロパガンダに盲従する大衆順応的思考に浸たりきっている。

原因なのか結果なのか、フランスの海洋探検家ジャック・クストーが南洋のとある孤島を訪れた所、極貧の中で虚ろな目をした老人しかいないその島の森林は殆ど切り倒され、はげ山状態であったと象徴的に述べている。

言い古された’やむを得ずの論理’を免罪符に、今以上に実現する便利さとは一体なんなのか。

森羅万象を見極めた古の賢人の英知を否定しまくっている現状にふと溜め息がでる。

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