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2009年9月23日 (水)

持ち込みのプリンシプル

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何事も’絶対’のお好きな西洋において’プリンシプル’とはカミ対ヒトの厳然たる関係から、数千年の歴史の中で生まれたのか。

日本にも古来、八百万のカミがおられはした。しかしプリンシプルという考え方は育たなかった様だが当然といえば当然だろう。

日本版、サイレントマジョリティの宗教といわれる儒教の教え、或いは武士道を指摘される方もいるがそれらは必ずしも絶対的な規範ではない。

人はかくあるべきだという視座が、特に政治家には決定的に欠如している中で、過去の政権は武器、兵隊、兵糧、タイミング、タクティスに問題を抱え悉く消滅、後世の評論に耐えないが鳩山由紀夫の手法は日本版プリンシプルとも言えなくもない。

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西欧では理解されない日本的文化の一つである「本音と建前」がはびこる世間で胎内に入ったまま持ち込まれたプリンシプルを貫くという事の意味、すなわち長いものに巻かれ過ぎている村社会では敵を作り、奇人、変人視される事でもあろうがあえて恐れず挑戦する姿勢に注視したい。

さてゼウスを絶対王と仰ぎ、人の営みの最高基準であるプリンシプルをヨーロッパに学んだ白洲次郎ならなんと云うかな?

もう古臭いのか、

それとも成熟度のバロメーターか?

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