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2009年10月15日 (木)

魯山人にかぎらずとも

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好奇心からなのだろう、知的刺激を受け続け、自らの感性を磨き続ける魯山人の生涯がいろんな作家によって書かれている。

白崎秀雄著、『北大路魯山人』、その一節に
「おい、技巧は芸術やないで、技巧のない芸術はないけどな」とさりげない内貴の一言は矢のやうに大観の心の深みを射た」と福田大観、もしくは房次郎、後の魯山人を表している。

また、著者の父が魯山人と親交のあった山田 和著『知られざる魯山人』文芸春秋社出版の一節に「美は人から生まれる」として両作家の相反する人物評もおもしろい。

一般社会ではなかなか受け容れられない個性と一筆で自然を凝縮させてしまう技、それも芸術と言うなら魯山人の脳の中には両者を共存、燃焼させ、エネルギーに変える強靭なパワーと集中力があったのだろう。

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コメント

メール有難うございました。梟の羽根の件了解いたしました。また機会がありましたら、ぜひご来店下さい。お会いできることを楽しみにしています。 道里夢池田富次

投稿: 道里夢 | 2012年10月 7日 (日) 20時42分

池田富次さん

陶器に対する無知ゆえの面白さを大いに楽しんでおります。

結構なものを有難うございました。
いずれ又、拝見させて頂きます。

投稿: 与作 | 2012年10月20日 (土) 14時11分

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