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2009年10月13日 (火)

白洲正子の見た魯山人

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白洲正子は自著、『名人は危うきに遊ぶ』のなかで、
青山二郎には魯山人を「あんなもんは電車の車掌と思っていればいいんだ」と云わしめ、白洲正子自身も、魯山人を「芸術家だと思うから癪にさわる、無知、無教養なくせに抜群に趣味がよく、胸のすくような作品を残したにもかかわらず自分の作品から何一つ得ることのなかった犠牲者でもある」。

また、中島里壽編、『昭和・物故の美術家たち』のなかでも同様に白洲正子は魯山人を「世間でははったり屋、欲ばりの風評が絶えず黙って物を作っていればどんなにか立派だったのに」と何度か言いもしたが、どうにもならなかった。
しまいには友達ばかりでなく肉親、弟子にもそむかれ、俗物としか呼べないタダモノにあのような美しい作品が造れたこの矛盾は生涯彼を苦しめたに違いない。そこに魯山人の人間としての哀れさがある。
思い出されるのは肩をいからしているくせに、いつも寂しそうに見えた後ろ姿であると、出席者の少ない寒々とした故魯山人の葬式から帰ってきてこれを書いている。

                       ---以上、引用

等々、散々であり周囲に毒気を撒き散らし、困惑させた魯山人に対する白洲正子の気持ちが正直に表れている。世に人物評も色々あれど、なかなかの酷評だが愚生は何故か笑いながら読んでしまった。

滅多切りされる程、輝きの増す魯山人作の陶器、何時ぞや見た「黒織部のグイノミ」などは飄々として、凛としており垂涎ものだった。

芸術とやらの乖離は縮まりそうもない。

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