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2009年12月 4日 (金)

ル・クレジオの言う宗教性

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ル・クレジオの講演で疑問が一つあった。
会場からq&aで、僧職についておられる方から、「一神教とアニミズムの関係」に関連した質問が出た。
その意図する所は原始仏教に限らずとも草木一本に至るまでカミを意識させる考え方とアイヌの宇宙観はアニミズムという一言で同一化され、その対極にある一神教なるカミが征服者と供に侵入したとき、内部でいかほどの宗教的変化が起こったのかと、おおよその趣旨はこんな所だったろうか。

その質問に対する、返答が理解できず、フランス語通訳を務められた北大、文学研究科の佐藤淳二教授に後日、問い合わせた所、以下のご丁寧な返答を頂いた。

★原稿があるわけではないのですが、ご指摘の質問へのル・クレジオ氏の回答はアニミスムと一神教との区別はあまり重要ではなく、宗教性というものこそが重要である。
宗教性は、宇宙創造のイメージを与える何ものかであり、調和と平和のイメージを各個人に与えてくれるものである。
この意味で、一神教であれ、多神教ないしアニミスムであれ同じで、自然の岩、川、森などなども魂を持つものとして、私たち一人一人を保護してくれ安心感と調和を各人に与えてくれる。それはちょうど父母が与えてくれるような安心感と平和のイメージである。
カナダの先住民族も、資源開発に反対するときには、父である川を守りたいという主張をする。
これこそ宗教性の本源であり、調和と均衡の宇宙イメージである。これを与える限り、アニミスムも一神教も区別する必要はないであろう。
おおよそこのような趣旨であったと記憶しています。
佐藤★

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以上、q&aに咬み合わない部分が生じるのは仕方ないが、マイノリティの自然観と宗教観をル・クレジオが見事に言い表している。

愚生の知る限り北海道のアイヌの方は今じゃ殆どが仏教みたいだ。
推測に過ぎないが、釈迦の代弁者でもあろうそのお坊さんはアイヌの宗教観、自然観に充分応えられているのかという自問、そしてその成り立ちの原罪を抱えつつ、新たな一神教と従来のアニミズムのカオスの中で、彼の地ではいったい何が消え去り、新たに何が生じたのか訊きたかったのだろう。
よりグローバルで、ハイブリット化したカミは出現しなかったのか。

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