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2010年1月 5日 (火)

釣り師の物差し

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釣り師の物差しは実物より小さい事がある。
その小さい物差しはその経験を積み重ねるうちに徐々に復元、やがて実物大となる・・・、事もある。(笑)
分かりきった事だが脳内ドーパミンの分泌量に物差しの大小は影響しない。

もしも「釣りに物差しは必要である、何故なら釣り師とはあくまで俗物に過ぎないからである」等と開高 健が仰っていたなら、確実に胸をはった俗物釣り師が一人は誕生していた筈である。

中途半端な俗物ながら、今年こそ大物を釣り上げ’MDMAなんてちょろいぜ’等と、ほざいてみたいものだが、さて。

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ここ北海道では中世から近世に至るアイヌと和人の商取引は「アイヌ勘定」と言われた物差しがあった。和人の世界ではくるいのない至極当たり前の物差しであったのか、アイヌに対する、詐偽だの、犯罪行為だのといった一文字すら出てこない。

仏の物差しには目盛りがないと、ひろさちあさんも書いているが、仏の御心の伝道師であろう現代のお坊さんにあてはまるだろうか。

ところで、キリストの物差しはどんなものなんだろう。
汎神教的人種からみると、一神教のトップランナーであろうキリストさんは仏さんとは逆に、シビアな攻撃性をあわせ持った物差しを持っているのかもしれない。
その物差しでもって、眠っていた各国のイスラムfundamentalismに火をつけてしまったから、ややこしくなった。
いずれの日にか、アッラーのカミさんを仰ぐイスラムの入信者数はクリスチャンをぬき世界一となる事は間違いなく、やがてその差が確実に広がった時、原理主義者らは如何ほどの行動をとるのだろうか。

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カナダ、バンクーバー島中部、ナナイモよりキャンベルリヴァーに向う途中、荒涼とした原野に「石狩神社」の銘が入った鳥居だけがポツンと建っていたが、諸外国で日本人移民の多く住んでた所ではお寺、神社、中には御地なりに習合し、両社の区別がつかない社さえ目にする。
同様に、東京はおろか、そのうち京都にもモスクが建ち、ヒジャーブで髪を覆う女性と芸妓さんが並んで歩く日もそう遠くはないだろう。

グローバリゼーションとはある意味、物差しの違いから必然的に発生するカオスの中で、とめどなく新しい匂いを持った文化をつくり、時に戦争も演出している。

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