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2010年2月26日 (金)

豊田佐吉とヘンリーフォード

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アメリカンヒーローの一人、QBのJ・モンタナが長く在籍したサンフランシスコ49ersという奇妙なチーム名は1849年、カリフォルニアに突如起こったゴールドラッシュに由来する。
北海道各地に今も語り継がれるそのひとつに日高山脈の奥、イワナが釣れるイドンナップ川に以下のような記述がある。

<この沢には一粒が五匁五分(約20g)位の大粒の砂金がザラにあった。水に洗われた地面の裂け目に人目でそれとわかる砂金が無造作に転がっているのに、一行のものはただあ然としてしまった(雨宮啓次郎砂金取団)。このような事が世間に知れ、100人ほどの砂金取りが集まって大騒ぎになった-原文のママ。>
     (砂金彫り物語・脇 とよ著、みやま書房より引用)

カリフォルニアのゴールドラッシュはやがてアラスカ、オーストラリアに飛び火した様に道南、日高で採り尽くした後、オホーツク沿岸に新鉱がみつかり、枝幸には多い時で砂金取りは1000人以上いたとされ、やがて東洋一と云われた鴻之舞金山にたどり着き、終焉した。

砂金取りの宿命か、いずれの日にか、採り尽くしてしまう虚しさを抱きつつある者は成金に、ある者は徹底した浪費にあけくれ、多くが身を滅ぼしたとされている。
それを勇者の夢のあとと見るか、ならずもの愚行として見るのかは人それぞれだろう。

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高峰譲吉が機織屋の豊田佐吉に車を贈り、「ヘンリーフォードが’自動車なるもの’を作った、豊田さんもやってみないか」と持ちかけてから100年以上経過する今、アメリカでトヨタ車が槍玉にあがっている。
トヨタのリスク無視、自社防御システムの脆弱性を諸に突かれた形だがひとつだけ言える事がある。
少し前までアメリカ車の故障率は日本車のそれを大きく上回る事は世界の常識でもあった。
にもかかわらずある種、日本的でもあり、姑息的なぼろ隠しの悪しき因習が、時に弱者を演じさせれば突如として、恥かしくもなく強大な正義を持ち出す習性のあるアングロサクソンの安っぽいトラップに世界のトヨタは易々と引っ掛かってしまった。

砂金取りと同じ末路をたどる危険性をはらみ、’なにごと三代目’に当る豊田章男社長に成功者としてのおごりはなかったのか、また人としての器量も少し気になる所だが、アメリカの政財界、マスコミ総動員での茶番劇をここは正面突破する事を期待したい。

一昔前、中南米のゲリラ戦では三菱のパジェロが大活躍、そして今、イラク、アフガニスタンゲリラご贔屓の愛車はトヨタの四駆車、彼らはそろって過酷な使役に耐えうる日本車をおおいに宣伝もし、逆に戦地にはアメリカ製戦車は登場するものの、アメリカ車は登場しないのもこれまた事実である。

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2010年2月15日 (月)

バンクーバーの露天風呂

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キングサーモン釣りを終え、夕刻に帰港後、艀に仕掛けておいた手製のカニ籠を引き上げると北海道では見かけない甲羅の大きなカニが毎回、数匹入っている。
早朝、ウィンターラン狙いでスタンレーパークに架かるライオンゲートブリッジを渡り、学会場のコンベンションセンターを南に見るヨットハーバーに着く。そして出港前に釣り竿、餌となるアンチョビ、ダウンリガー等を仕度しながら、籠の中になにやら動物性蛋白質の塊を容れ、それを桟橋下の海底に沈めておいたものである。
その籠はエリモの漁師がニンジャカゴと呼んでいた代物と同じもので、万国共通とはこの事なんだと妙に一人合点がいった。

そのバンクーバーのダウンタウンを見下ろせる小高い丘に、ある家がある。
こんな書き方をするとついニューオリンズの「朝日のあたる家」を連想するかもしれないがこちらは住宅街にあり、「朝日のあたる家」は歌詞からすると娼館だったのか。

ちなみに台風カトリーナの前にルイジアナ州ニューオリンズ、ミシシッピー川両岸のフレンチクォターで、ジョーン・バエズ、アニマルズの有名な歌詞からイメージしていた’there is a horse in New Orleans, they call the rising sun’「朝日と呼ばれる家」の所在をあちこち尋ね歩いてみたが皆、知らないと言っていた、果たして?

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さて、そのお宅のお庭には小さな露天風呂があり、美しい夜景を一望しながら湯舟に浸かり、まずひと盃、と言ってもバンクーバーの冬はいつ行っても雨ばかり、しかも市内に雪はなく、風呂といっても冬の登別温泉のような風情もないが・・・。
カナダでは当時、日本酒は手に入らなかったのでシングルモルトを茹でたてのカニの甲羅に注ぎ、かき混ぜて甲羅ウィスキー酒を作る。
これがなんとも絶妙なお味で、地元の人が好むのも分かる、また先ほど釣ったキングサーモンの他、バンクーバー島ポート・アルバーニ、キャンベルリバーのサーモン、スチールヘッドも食卓にならび、豪勢な宴はいつも朝まで続く。
終には地球の反対側にいる事を忘れ、「ここは何処、あなたは誰」の危機的幽玄の世界にしっかりはまる。
翌早朝、完全に覚醒せぬまま急いで国際線ターミナルに向かい、再び真面目な日本人を演じて、サンフランシスコ便、成田便、或はデンバー便の飛行機に飛び乗ったがいつも時間ぎりぎりであった。

という事で、バンクーバーの露天風呂は旅の目的をしっかりと忘れさせてくれるお風呂でもあった。

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2010年2月11日 (木)

あえて立松和平を読む

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道元禅師を師と仰いだ良寛の詠んだ句の中にはあえて真似たものもある。だがそこに良寛のオリジナルな世界が広がり、これを日本人は長い間、守り伝えてきた。
立松和平の盗作疑惑が大々的に報じられた時、愚生の中では、感性、筆致、運筆が似るなら多少の一致は当然起こりうる事ではなんて思いもしたが、実は丸写しに近いことが原作者より指摘されて謝罪した。

文字と格闘する一流の職人が技とマテリアルを否定されてしまって以来、愚生の中では許容限界をはるかに超え、それまで読んでいたものがいっぺんに消え去り、人として作家としての常識を疑い、嫌悪感さえ抱くようになった。

しかしそれも遠い昔の事になってしまった。

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作家と名の付く者なら「源氏」だの、難解な正法眼蔵に集約される道元禅師に現代の論理、公案を持って挑むのは読者の期待するところでもある。
その多くの作家等が玉砕する中で、出版に至った瀬戸内寂聴、同様に立松和平の、「道元禅師」に賛否は確かにあるにしろ、その努力は評価されてしかるべきだろう。

今思えば過去完了の乱心を反芻しながら、輪廻を疑い、信じ、時には僧の如く、無常の何たるかを説きもした。

見逃した感性があったのかもしれない、

再読するか。

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