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2010年12月16日 (木)

キングサーモン釣り大会inカナダ

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口には出さねど、我こそが世界一だと云わんばかりの、日本風にたとえるなら’はったりをかました’風貌の釣り師ばかりがport alberni郊外のロッジに集まった。
やはりハリバット(オヒョウ)釣りなどと違い、キングサーモン釣りとなると、どこかマニアックでしかも偉ぶっている風にもお見受けするお方が多いようにも思えるが気のせいだろうか。

辺りにはクーガ(山猫)がいると脅されているので夜は出歩かず、お酒がつい入り過ぎてしまう。
その勢いもあって晩飯時ご一緒したドイツ人、スペイン人、そして地元カナダ人等とサーモン釣りの話題で盛り上がりった。
安酒ながらも飲兵衛同士は東西と離れていても会うと楽しいもので、必然的にお互いが競争心を抱く。それが次第に相手国には決して負けるわけにはいかないという間抜けなナショナリズムが夫々に芽生え、翌日は急遽、国家の威信をかけた懸賞金付きのキングサーモン釣り大会に変身しちゃったからアルコールとはたいへん愉快なものである。

出来上がったルールは簡単、各々が$1ずつ出し合い、一番大きいお魚さんを釣った人が総ての懸賞金を分捕る、所謂ヒットラーも大好きだった優勝劣敗方式だ。
ただし敗者に隷属の義務、罰ゲームもなく、当然釣りガイド並びにボートは別々である。

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余談だが、やがて酔いがかなり回り、お互いに釣り自慢になった勢いでスペイン人の若くお美しい釣り師が「私、ナマズ釣りのワールドレコードを持ってるわよ!」と自慢げに話された。
スペインの何とかいう所の釣り師なら見向きもしない薄汚い沼にボートを浮かべ、釣り針に腐ったイカを一匹ままつけて垂らしておいた所、それに食い付き、径3インチの竿が折れちゃったが数人でなんとか船に引き上げた、とっても重たく胴体に両腕を回しても届かなかったと言い、その写真も見せてもらったがまるで子供が太い丸太棒に抱きついているようにも見え、到底お魚さんとは思えず薄気味悪いお顔であった。

昨日、日本では絶滅したといわれていたクニマスが原産地、秋田の田沢湖ではなくその稚魚を移入、放流した山梨の西湖で発見の吉報を耳にし、ついヨーロッパの巨大ナマズが頭をよぎった。

クニマス、巨大ナマズともに偶然が重なり、しかも汚染が進んだ結果の人間の悪行故には違いない、しかもスペインの沼は既に埋め立てられ、秋田の田沢湖はphが下がり過ぎてとてもお魚さんの棲める環境ではないらしい。

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ちなみにカナダのキングサーモン釣り大会の結果、なみいる釣り師の中でぶっちぎりの優勝を成し遂げ、懸賞金$8を分捕った輩は時差ぼけ、二日酔い&船酔い等重度の合併症を患いながらも同行した初海外旅行の友人で、なんと生まれて初めて釣竿を持った男であった。

その友人の顔面蒼白、鼻孔からの嘔吐も伴った症状をジャパンスタイルと地元のガイドに笑われながらの優勝にゲルマン、ラテン、アングロサクソン等の酷く傷ついたであろうそのプライドを思うと今でも笑いを吹き出してしまう。

こんな釣りもまた楽しい!!

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2010年12月 6日 (月)

質と量の違い

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我が家のノホホン山羊さんは食欲、睡眠欲のかたまりのようなもの、まるで痴呆症にかかったソクラテス然としている。

この冬はまだ積雪がなく新しい雑草地に連れて行くと、最初に匂いを嗅ぎ、啄ばむ。そしてどんなに美味しくても一品目に拘らず、草の根、木の芽、土に至るまで喰うが決して飽食はしない。

あたかも再生産を期し一箇所で大喰いせず、絶えず場所を移動して多種の食餌を摂り、腹八分目で腹臥し、気持ち良さそうに反芻する、しかし決して過肥ではない等と強調するまでの事でもない、反芻獣の自然な行動だ。

つまり山羊さんは偏食、飽食せず、沢山の種類の食餌を採り、毒草は口にしないといった当ったり前のお食事マナーを守るため、鋭い味覚、臭覚、過食制限装置を退化させずにいる。

ホモサピエンスもきっと山羊さんと同じだったのだろう、翻って現代人はどうなのか。
賞味期限には拘っても、生存に一番重要な自らの五感を用いて食餌の可否を判断しないし、出来ない。
生存する為に食餌のquality&quantityを監視、制御するシステムをかね備えているのが哺乳類とするなら人間は欠陥種なのか、てな疑問を提起したなら高校生にも笑われる。

昨今、生産地偽装とやらでマスコミが大騒ぎしていたが、それはたかだか食餌の質の問題であり、なぜか量の問題は避けているようにも思える。

適正な食餌量を判断しない、或いは出来ない所謂、飽食によるオデブサン症候群及びその予備軍が全世界的に異常増殖している現象こそ、あらゆる意味で人類の危機なのかもしれない。

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又、’人間という生物の根源的で、最大の欲望は不死である’という所に行き着くのなら、昨今の生存競争で必要なのは原因に対する自らの反省ではなく、表面上の結果に対するエゴイスティックで強烈な、なりふり構わない権利の主張だけの様でもある。

いにしえ人は「あるときの米の飯」などと意味深な台詞を残してくれているがマグロ漁の漁獲制限に困るとのたまう消費者ばかりで賛成の意見は聞かれない、これが美食を知ってしまった哺乳類の進化レースのトップランナーの思考なのだろう。

五感を退化させてまで、他種に対する絶望的なまでの徹底した利己主義をまだ貫き通していると、自らの事は棚上げしてちょっと言ってみたくもなる御仁は愚生だけではあるまい。

「美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉むことである」等と無責任極まりない台詞をのたまってしまった開高 健も同罪であることには違わない(笑)。

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