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2010年12月 6日 (月)

質と量の違い

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我が家のノホホン山羊さんは食欲、睡眠欲のかたまりのようなもの、まるで痴呆症にかかったソクラテス然としている。

この冬はまだ積雪がなく新しい雑草地に連れて行くと、最初に匂いを嗅ぎ、啄ばむ。そしてどんなに美味しくても一品目に拘らず、草の根、木の芽、土に至るまで喰うが決して飽食はしない。

あたかも再生産を期し一箇所で大喰いせず、絶えず場所を移動して多種の食餌を摂り、腹八分目で腹臥し、気持ち良さそうに反芻する、しかし決して過肥ではない等と強調するまでの事でもない、反芻獣の自然な行動だ。

つまり山羊さんは偏食、飽食せず、沢山の種類の食餌を採り、毒草は口にしないといった当ったり前のお食事マナーを守るため、鋭い味覚、臭覚、過食制限装置を退化させずにいる。

ホモサピエンスもきっと山羊さんと同じだったのだろう、翻って現代人はどうなのか。
賞味期限には拘っても、生存に一番重要な自らの五感を用いて食餌の可否を判断しないし、出来ない。
生存する為に食餌のquality&quantityを監視、制御するシステムをかね備えているのが哺乳類とするなら人間は欠陥種なのか、てな疑問を提起したなら高校生にも笑われる。

昨今、生産地偽装とやらでマスコミが大騒ぎしていたが、それはたかだか食餌の質の問題であり、なぜか量の問題は避けているようにも思える。

適正な食餌量を判断しない、或いは出来ない所謂、飽食によるオデブサン症候群及びその予備軍が全世界的に異常増殖している現象こそ、あらゆる意味で人類の危機なのかもしれない。

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又、’人間という生物の根源的で、最大の欲望は不死である’という所に行き着くのなら、昨今の生存競争で必要なのは原因に対する自らの反省ではなく、表面上の結果に対するエゴイスティックで強烈な、なりふり構わない権利の主張だけの様でもある。

いにしえ人は「あるときの米の飯」などと意味深な台詞を残してくれているがマグロ漁の漁獲制限に困るとのたまう消費者ばかりで賛成の意見は聞かれない、これが美食を知ってしまった哺乳類の進化レースのトップランナーの思考なのだろう。

五感を退化させてまで、他種に対する絶望的なまでの徹底した利己主義をまだ貫き通していると、自らの事は棚上げしてちょっと言ってみたくもなる御仁は愚生だけではあるまい。

「美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉むことである」等と無責任極まりない台詞をのたまってしまった開高 健も同罪であることには違わない(笑)。

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