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2011年5月 4日 (水)

何処に正義があるのか

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ソ連がイスラム圏であるアフガンに侵攻した時、ビンラディンはその異教徒を駆逐するため闘う。その背後でアメリカCIAはイスラム側につきビンラディンを援助しソ連と対峙した。
民族性もさることながらジハードの思想を持った戦士は勇敢なのだろう、ときにソ連兵士より切り取った頭部をサッカーボール代わりに戯れるアフガン兵士の画像を流し続けるとソ連兵士の士気はいっきに落ち込み、やがて退却、ソ連邦解体へと向かった。

2000年ny9,11テロでビンラディンは黒幕とされ10年後の今日、遂に射殺の報にオバマは「正義は行われた」とコメントし、続いてマンハッタン、グランド・ゼロでの馬鹿騒ぎが放映される。

しかしオバマは冗談を言ってはいけない、いったい何処に正義があるのか、正義の何たるかを理解しているのか、ビンラディンを殺す事と正義は関係あるのか。
そもそもビンラディンの様な怪物をつくったのはアメリカではなかったのか。
またabc newsにもOsama bin Laden Killed: 'Justice Is Done,'の活字がおどっていたがここにもアングロサクソンの思い上がり、そしてイスラムに対する露骨な上からの目線が鼻につく。

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愚生如きには1960-1970年代の永田洋子が思い起こされる。
過激なテロを用いたその手段はやがて支持を失うが一時期ヒーローと目され、ある時期多くの若者はシンパシーを感じた筈である。
オバマの露骨な選挙対策なのだろう、その得意げな表情、続いて映し出されたビンラディンの澄んだ眼、イスラムfundamentalistとしてイスラムに対する純粋な想い、そして既に忘れ去られてしまった永田洋子の往時のあまりにも稚拙な世界同時革命論など、それら三者に共通してある「大義」なるものが見え隠れしている。

為政者なるもの、せめて「正義」と時にころころ変わる「大義」はまったく違う事を自覚せねばなるまい。

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