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2012年2月25日 (土)

グループ1984考/つづき

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グループ1984著、「日本の自殺」の主な項目は「日本没落の予感」、「ローマ帝国滅亡との類似」、「危機は日本人の中にある」、「豊かさの代償」、「現代文明がもたらす幼稚化」、「デマによる集団ヒステリー」、「戦後民主主義の弊害」等々である。
最後にあらゆる症候からして日本社会内部に強力な自壊作用のメカニズムが働いていること、このメカニズムを除去しえない限り日本は駄目になると明記している。

37年前に出された本論は見事に今を見越していた、まさに慧眼の極みとは本論のことを指すのかもしれない。
ならば近未来の国家像は仏眼にどのように映っているのか。ギリシャをはるかに超える可能性も秘め、あまりの惨状に仏はその眼を閉じているのかもしれない。

現代の若者像について山内昌之は「21世紀のパンとサーカスに抗して」と題した文中に、鍛錬やしつけを受けない若者が国際社会に雄飛できるはずもない。やがて若者は就職できない状況を嘆き社会にルサンチマンを感じ、政府に不満だけをぶつける存在に退化するであろうと述べている。
また石原慎太郎は田中慎弥著『共喰い」の芥川賞選評に寄せ「自我の衰弱」と題した中でこの国の自我の衰弱は最近の文学作品も同様で描かれる人間達のほとんどがちまちまとひ弱く、横並びの印象と述べている。

それやこれや政界を含め社会内部で起こっている症候は自壊作用のメカニズムが働いていると指摘する本論は一読に値する。

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思い起こせばバブル期、世界に流通するお金の30%近くを集め鼻高々だった日本人、アズナンバーワンと煽てられ、manhattanの不動産を手当たり次第に買い漁って顰蹙を買い、本邦では見境なくダムだ、道路だと公共事業とやらに湯水の如くお金を注ぎこんだ結果のなれの果てだろう。
それを良しとした多くの懲りない日本人は国家存亡の危機にもかかわらず、今もなお新幹線をもっと作れ、交付税をもっとよこせなどと悪平等主義を盾に、凄まじい個人エゴ、地域エゴを繰り返す心情はある意味で極道と一緒である。
こんなことが長続きすることはないと皆知りながらである、まさしく危機は日本人の中にある。

いにしえ人がこれだけは守れと残してくれた’足るを知る’を猫も杓子も忘れっちまい、魂の内側と社会の深部から幼稚化し腐敗しきっている。

それはいらないと誰一人言わず、あるに越したことはないと誰もが言う。論、湿、寒、貧の思想から質素、清貧を尊んだ日本人、このこころ模様は本来の日本人の姿では決してない。

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2012年2月22日 (水)

多喜二、世界に出る

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彼方へと飛び去った’プロレタリア’なる単語が一段と切れ味を増して再来、しかし愚生はそのカビ臭さを払拭できない。
昨夜の2012年2月21日、小樽商大主催「小林多喜二記念講演会~21世紀にどうよむか」と題されたシンポジュームが小樽市で開催、拝聴した。
小林多喜二著、蟹工船の出だしの有名なフレーズ「おい、地獄さ行(エ)ぐんだで」の一節からはじまる物語にファリエーロ・サーリス/イタリア、エヴァリン・オドリフランス、マグネ・トリング/ノルウェー、ジョルディ・ジョスティ&小野志津子夫妻/スペイン、ジェリコ・シプレス、 ヘザー・ポーウェン=ストライク、サミュエル・ベリー/アメリカらの優秀な日本文学翻訳家が集まり、それぞれが冒頭の数行を自国語で朗読させられていた。意味不明な舶来語を聴衆に強制的に聞かせても全く時間の無駄、それより翻訳家のあまり販売部数が伸びそうにない蟹工船にこだわる現代的意味を聞きたかった。

ステージ右横には多喜二の写真が飾られ、好みとはいえ意味深げに何故か真っ赤なバラだけが添えられていた。バラにはいろんな色があっていい。

講演者のシカゴ大学教授ノーマ・フィールド女史(Norma M Field)は自らのおばあさんが小樽出身の日本人だという。
昨年、ワシントンスクェア/nyで起こった’ウォール街を占拠せよ’を例に、デモ隊に対して棍棒を振り回す警官(アイリッシュ系の薄給と思われる/愚生注)の心模様は多喜二著、『1928年三月二十五日』の中で「警官の俺だって、本当のところは君等のやっている事がどんな事か位は、実はちぁんと分かっているんだが・・・」と既に警官に言わせていると語る。
また女史は「生命と生活の乖離を乗り越えるには』と題して、多喜二は命がけの運動を続けて絶命した。反・脱原発運動に触れて抗議すること、人権を主張することは贅沢なのだろうか、だとしたらその贅沢をもっと公正に分配するには・・・と現代日本の重い命題をきれいな日本語でさり気なく語るところがなんとも憎いではないか。
ノーマ・フィールド女史あっての多喜二でもあろう、日本人は決して女史を忘れてはならない。

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この『蟹工船』がこれから世界的に読破されるに至ってそこから主体的な行動がうまれるとは到底思えないがさりとて単なる’知識の肥やし’で終えるとも思えない、期待とともに冷めた眼でことの成り行きを見てみたい。

本講演は最後までイデオロギー、torture、社会的なヒエラルキーといった単語は飛び出さなかったがそれを痛いほど感じさせるスマートな講演であった。
しかしスマートと言ったところで時代に追従する論は掃いて捨てるほどあっても巨大な時代という大壁を飛び越える生き生きとした論には早々巡り合えるものではない。
なにより多くの論、著書は移り気な世間によってそのほとんどは消え去る宿命を持つ以上、北海道の田舎町より世界へと発つ多喜二の面目たるや如何に。

また、現代社会に対し文学は如何程の力になりえるのかという問いであり、優勝劣敗化した人間がまだ僅かに持ち合わせているであろう理性とやらへの問いかけとも聞こえた。

小樽商大もセクトを超えてたまにはよい事もする。

帰宅後、同席した我が奥方に感想をお伺いすると小樽のかまぼこ、買うのを忘れた、とだけのお答だった。

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2012年2月18日 (土)

グループ1984考

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海外の大きなコンベンションでは必ずと言っていいほど何処から見ても日本人と分かる一団がいる。他と交わらない、会議からアフター5まで然り、レストランでテーブルにディッシュが届いてもありがとうの一言すら発せず、時差も影響しているかほとんどの皆さんは仏頂面である。
まして学会長をつかまえて議論など殆んどないに等しいが帰国後、各々が所属する組織に提出される復命書を見せて頂くと立派な出来栄えだがこれも似通っている。
他人の目は異常なまでに気にする、しかし他人には興味を持たないというこの奇妙な二重構造は21世紀に至っても日本人のdnaに遺残し変異しそうにない。

自ら日本人というアイデンティティを取っ払ってその生態を眺めると実に興味深い。
それはまるで動物園のペンギンちゃんの行進然りある。
先頭に立つペンギンちゃんはただマニュアル通り直行するだけ、2羽以降は眠そうなおめめでぼんやりと無思考で追随するだけでおいしい餌にありつける。
それを観た来園者は可愛いだのとはしゃぎ、大喜びする。
毎日同じことを繰り返すペンギンの中には嫌気が差し、新世界にあこがれ列を離れるものもでてくる、それを不届きな奴として来園者はダメーとほざく。その行動にこそ大きな意味があることも知らないで。
内向き、同一行動、出しゃばらずを良しとする自閉的空間より生み出されたある種のねじれた思考をもってそれを美徳と勘違いしてペンギンちゃんに強要し、上手に出来たと拍手する不思議な日本人という図式であろう。

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匿名のグループ1984が書いた論文がそれぞれ論点を異にする朝日新聞1月版と文芸春秋三月特別号に再掲載されている。
「日本の自殺」と仰々しく題されいっけん、売れない作家によくある刺激的なタイトルのようにも思われるが実はそうではなく、中身は重い。
そもそもこの論文は1975年二月号の文芸春秋に掲載されたらしい。
ならば愚生は以前より毎月欠かさずに通読していたから間違いなく読んでいた筈である、しかし同著者のその他5,6編は記憶にあるが本論は全く憶えていない。
おそらく愚生は匿名の1984と名乗るグループが指摘している「高度に文明化した国家は将来、その繁栄の代償として歴史から消え去ることは必発、それを具体的にローマの’パンとサーカス’に喩え、その経過まで詳細に書かれている」ことを否定したに違いない。

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1975年とは連合赤軍事件も終え、世はまさにバブルに突入前夜である。
そんな時世にあたかも都落ちした傘貼り浪人的な発想から炙り出された保守的、内省的な退行論とでも軽く読み流したのかもしれない、或は’ふざけるな’などとお尻の青かった主役の大半はいきがったのかもしれない。

しかし本論を37年経った今再読した時、その論点が見事に的を射ている事に驚かされる。
繁栄とバブルの違いすら気付けず、国民全員が大いに浮かれた結果、次世代の生存プランすら決定的に欠いた間抜けな国家に成り下がる。
今頃になって慌てふためき、日本国家の消滅すら囁かれつつある現況を演出した中心にいたのがまさしく団塊の世代である。

愚生を含む団塊の世代のペンギンたる所以である。

                             つづく

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2012年2月 4日 (土)

覚悟

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愚生は最後の宮大工と称された西岡常一棟梁の大ファンであり、白洲次郎同様に魅力的な生き様をさらしてくれた人でもある。

ある本には次のことが書かれている。
西岡常一曰く、「お堂を建立する時、まず最初に行う事は、自分の心にお堂を建てる事である」と言う。
法隆寺が今に残り、ほぼ同時期に建てられた官製の国分寺がことごとく消失していることを喩えて言い放つ達観、つまり技も材料もあまり違わないのに国選のかり集められた大工が建造した国分寺は現在殆ど壊れ、消失しているのに対し、法隆寺を手掛けた飛鳥の宮大工は千年先の今を見据えて仕事をしていたと断言している。

それは’大工の心の違い’であると述べている。

また別の本には次のことが書かれている。
祖父、常吉よりあんまをしながら授かった西岡家の口伝の中に

百工あれば百念あり、一つに統ぶるが匠長が器量なり
一つに止めるの器量なきは謹み惶それ匠長の座を去れ

宮大工という個性的な技術集団を纏め上げるのも棟梁の役目であると言うが人間として懐の大きさ、包容力には勿論触れていない。

宮大工の後継者は腕がなければ、血縁者でもはずし、弟子たちの中からもっとも優れた者を選んだようだ。家元制とちがい、’技法に世襲なし’ときっぱりと言い切っている。

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今日、やくざの世界を除き日本はどちらを見ても世襲ばかりである。
七光りを錦の御旗に緊張感に欠ける社会システムが出来上がってしまった今、千年先を見越した技術、論など皆無であろう。

親が苦労して作った会社の資産を何十億と使い込んでも無表情、また沖縄人に腹案ありと大嘘をついてもあっけらかんとしていることが許される堕落しきった日本に西岡常一さんは明治生まれの人間が持っていた’人の覚悟’を教えてくれる。

余談だが、その他の口伝には西洋のゲニウス・ロキ/genius locciという考え方にあたる’四神相応に地を選べ’と書かれている。この考えは飛鳥の大工は勿論、アイヌ民族、ケルトにもあり、五木寛之も古よりの教えとして自らが実感したと書いている。

なお高田好胤住職は西岡常一棟梁が講演等で得た収入は全て寺に寄進され、ご高齢になってからは寺からいただく自らの給金の減額まで申し出たと述べている。

こんな心は今の日本にまだあるのだろうか。

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