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2012年7月16日 (月)

仏風呂には誰が入浴したか

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サイイド・クトゥプは一見、何処でも見かけるアラブの農家のオッサンといった風貌だがその著書/「道しるべ」は読んでいて不快感を禁じ得ない、特に以下の一行が気になる。

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「イスラムこそが救いだ、西洋諸国の他、イスラム世界の腐敗した体制を打倒することが神の道であり、正義の戦い/聖戦/ジハドなのだ、主権は人間にではなく神が持っている。」
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いみじくも加藤周一が指摘した仏教諸派間の矛盾と同じく、クトゥプがのたまうアッラーとはアラビア語で神のことらしく、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教共々同じ人か物か知らないが同一の神様にもかかわらず、「信仰の方法に違いがあればジハドのターゲットとする」と自民族にすらその銃口を向ける教義だ。
この思想は麻原彰晃の立ち上げた教義とよく似、それを忠実に守り、実行したのが9・11の主犯とされるオサマ・ビンラディンといわれている。

日本人の仏信仰が長い歴史の中であまり熱すぎず、かといって消え去ることもなく続いてきたが明治新政府の御触れを受け、さほど抗することなく僧侶はシンボルであろう仏像を風呂の薪にした。
これを司馬遼太郎は自著の対談集にさりげなく、抑制的に、僧は’仏教風呂’だの、’仏風呂’だと言ったと書き残している。
文中には併せて宗教にほどほどの距離をおく日本人的心のあらわれともあるがこの愚ブログでその湯かげん、湯心地を僧に問うのは本意ではない。
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逆に論理不明な軍神なるものを山ほど創って神社に祀り、挙句には「生きて捕虜の辱めを受けるなー」のとんでもない一声で日本をぶっ壊す思想を生み出した。
その根本原理はどこかカビの生えた古箪笥からでも引っ張り出したのか’神の国だ、負っけるわけがない’、所謂、神州不滅とやらの結果的に国を滅ぼす国家イデオロギーが作為された。
ならばそこに神様がいることに越したことはない、そこで午睡を楽しんでいた大君を担ぎ出し、覚醒せぬ間に現人神に祀り上げたが、愚生は「天皇を神様に仕立てたのは誰なのか」、「天皇はどんな気持ちで神様役を演じだのか」等々の疑問はいまだに解けない。

この「道しるべ」、’オウムの教義’、および’神州不滅’のあまりにも幼稚で原理的な一方向的思想は強烈な不可逆的ともおもえるエネルギーを内在し、同時に人間の持つ同根の腐臭も放つが心象は妙に一致するところもある。
だが何故かオウムのみをカルトと言い表している。
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それを抑制出来るか否かが政治、メディアの成熟度だろうと声を大にして言いたくもなる。
例えば9:11の際、アメリカの国民、政治家、メディアのほぼ全てが報復を支持した結果、今の世界的経済不況を誘導しているがノンフィクションに若しもは禁じ手であるにしても、イラク侵攻に際し、滅私の心を持って’仏風呂’に入った優れた僧がいたように滅私の心を持った優れた政治家がいたなら今の歴史は完全に塗り替えられていただろうなんて夢物語を想像しても仕方がないがブッシュ、小泉、ブレアの迎合的な軽すぎる三人には荷が重すぎたことは歴史がなによりも証明している。

今日、16日の大規模な代々木、反原発集会が起こっても今の日本における大多数の政治家にみる反原発論が出てこない現象によく似ている。
国は疲弊し、既に衰退期に突入しているにもかかわらず、21世紀の新たな宿題に対して甘い香りを持つ旧ヴァージョン的手法にすがり、しかも次世代に対する無考察で場当たり的思考方法は末期のローマに限らず、今のギリシャに限らず、である。

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