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2012年8月25日 (土)

ブリ釣り/余別、最悪編の巻

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ソラッ、喰ってるぞ、と船頭が怒鳴る!
見ると竿先がおもいっきり引き込まれている、仕方なく起き上がって釣り竿を持ち上げる、と重量感のあるブリ/鰤特有の引き、だが南西よりの強風に古臭い小さな漁船は左右に大きく揺られ、愚生の足元はおぼつかない。

8月22日、午後9時40分、積丹余別沖、水深40m域、他船は見当たらず、北方向には時たま遠雷が水平線を照らす。
愚生はまたまた重度の船酔いを患い、内心、来なければよかったと自省しつつ、

早く巻けー、もたもたすんなー、なにやってんだー、下手糞etc

の的確なフレーズが飛び交う中、なんとかタモ網の中にブリ/鰤が収まった。

続いて、すぐ入れろの厳命が飛ぶ!

すると間もなく次のブリが掛かる、の繰り返し、

だが愚生の体内では塩基平衡が次第にアルカロージスへと変わり、脱力、睡魔、vomiti..。

こうなると楽しいはずのブリ釣りは単なる重労働でしかなく...、

やがて午前零時を過ぎた頃より、一層風が強まり風速は20m以上に、まるで台風の中の如く。
つかまる物がなければ立っておれず、真っ暗な大時化の海に落っこちそうになること数度、横なぐりの飛沫で全身グッチョグチョ、眼鏡は役立たず、流涙、鼻汁は口の中へ、と情けないお顔と相成る。

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鬼の如き船頭にも少しの情け心はあったのか、愚生の間抜けな顔をきっと哀れにおもったのだろう、そしてますます荒れ狂う海を見渡して終にひと言、

もう駄目だー、危ねぇ、竿上げろー、と大声をはりあげ、

シーアンカを上げ、船の向きを180度変えた時に横波を受け大きく揺れたが、なんとか逃げるようにして、無事帰港、実釣時間≒2時間。

船頭さんには怒られ、恐怖をあじわい、

あげくに、

そこまでしてやるの、買ったほうがはるかに安い!

バッカみたいとは天の声!!

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2012年8月12日 (日)

魔物の正体

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オリンピックには魔物が棲む、という。
各国のアスリート達の魔物と対峙する姿を観るにつけ、魔物が棲むという魔界とやらがどうも気になる。
その魔界を一休さん、川端康成は「魔界入り難し」としてその問いを後世に残した。

川端康成はその「美しい日本と私」に道元禅師の詩を引用し、何れの日にか反論されるであろう覚悟を持ち、ノーベル賞授賞式で発表したがその後'vague'といって噛付いたのが大江健三郎だったことはよく知られている。

大江健三郎は「それは責任をぼかし、日本という、或は天皇という神秘的な空間の中に閉じこもる逃避的な態度」として鋭く批判したが本主旨は国会周辺における昨今の大規模な反原発、脱原発デモの通奏低音として流れていることに論をまたない。

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仏界/常識の世界を超えた魔界においてデカダンスとひきかえに、人間実存の極限、美の極限があらわれるという、それを川端康成は追い求めた。
個人、自己を取っ払い、身を捨ててこその覚悟で魔界に入る時、自他未分、自他以前の広大無限の世界が開かれる、それが川端康成にとって究極の日本であり、文人の美学の頂点だ、ということらしい。
(日本文化論の系譜/大久保喬樹著p,179より引用)

その点に対して三島 由紀夫は最大級の賛辞をおくっている、川端康成にとって自身/芸術家とはデカダンスとひきかえに、まさしく一休さんとシンクロしたように、魔界に入る人間である、として挑戦していたのだろうか。

ならば川端康成は魔界に入ったのか、あるいは入りきらなかったのだろうか?
こんな愚問がある限り愚生は再読せねばなるまい、何故なら20代に読んだそれらの著書にその問いすら存在しなかった。

宗教者、芸術家、アスリート達それぞれに魔界を思うとき、とくに試合後のアスリート達の大汗をかく形相の奥にもうひとつの魔界に対する覚悟がみえる。たとえば膝の靭帯を損傷しながらも激痛に耐えながら試合を続けたバトミントンの選手のように。

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ロンドンオリンピック2012の結果、もしもメダルの色、数のみを注視するのなら、後進国が大枚をはたいて製作した高性能のサイボークもどきに安っぽいナショナリズムをくすぐられ、ぬか喜びしているようなものにしか過ぎず、それはまた著書「みずうみ」で川端康成が銀平に託した究極の想いを読み取れない愚生の無学に似る。

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