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2013年1月26日 (土)

森町の鷲ノ木遺跡-2

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人は生、死という難問を背負う、縄文人とて同じこと。
’いま、ここ’を問い、どこへ、そして遂には時間も場所も取っ払った無始終の思想を作った。
それを輪っぱに込めた古人の深くて豊かな智慧は通称、鷲ノ木遺跡と呼ばれるストーンサ-クルに詰まっている。

それを進化したと自惚れる子孫は、やれ哲学だの、宗教だの、芸術だのと、セクトじみた模索をするからややこしくなるだけで、学問としてのmaterialsにはなり得ても、空調の効いた研究室で、机上のpcと向き合って導き出されたresultsに愚生はあまり興味はない。

そもそも環だとか輪、円だとか後世の研究者を名乗る輩が勝手に形容しようがその精神の深遠なる域には到底達しえないだろう。

縄文人は生活の座標軸をゲニウス・ロキ/genius lociに求めたのだろう、ならば’鷲ノ木遺跡’には、先人の霊性、自然観とともに、その難問に対する’解’を我々子孫に残してくれた。

それは極東のこの地に、耶蘇でも、イスラム教でもなく、仏教なる新興宗教が布教される遥か前、梅原猛のいう土俗信仰の遥か前、勿論アマテラスの神さんの遥か昔の宇宙観なのかもしれない。

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その宇宙観をル・クレジオは「自然の岩、川、森などなども魂を持つものとして、私たち一人一人を保護してくれ安心感と調和を各人に与えてくれる。それはちょうど父母が与えてくれるような安心感と平和のイメージでありこれこそ宗教性の本源であり、調和と均衡の宇宙イメージである」と述べている。

そこにはきっと現代宗教の伽藍にみる、くど過ぎるほどの華美な装飾、そして宗派間のセクトじみた愚行もなかったのだろう。

今、その鷲ノ木遺跡と呼ばれるストーンサークル直下に何の躊躇いもなく、至極当たり前のように、平気で高速道路の大穴をあけることが、はたして近代化なのかという問いとともに、かくも縄文人と現代人の世界観は乖離してしまった。

縄文人の子孫である我々は’鷲ノ木遺跡’を前にすると、
「お前達の社会、お前達の株式会社は成長し続けることでしか維持できないのか」と、問われる。

「北海道人は、成長こそが人間の取りうる唯一の可能性だと真顔で信じているのか」と、問われる。

「北海道人は真に成熟した社会を目指しているのか」と問われる。

いったい何を得て、何を失っているのだろうか。

                                         つづく

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