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2013年2月 4日 (月)

森町の鷲ノ木遺跡-4

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多くの自然科学者は、地球上で再生産の限界値を超えた事を口には出さねど自覚している。
そのほんの一部の北海道島でも何千年と続いた大自然を明治以降のたった百年足らずで完膚なきまでにぶっ壊し、昨今の政治状況がさらに屁理屈を捏ね回してまだダムだ、まだ新幹線だ、まだ高速道路を造るという病的カルマの連鎖がある。

この期に及んでまだ行為的矛盾、自己の悩みに哲学の真の動機が見つけられないのか、いまだに哲学者から明確な反論は聞こえない、また今の北海道人には、残念なことだがこの病理と生理の境界線が見えていない。

余談だが見えないふりをしている巨大な遺物がある。
それは北海道大学であり、日本国である。
北海道帝国大学の佐藤昌介、高岡熊雄、高倉新一郎等の説いた北大植民学といわれるドイツ由来の愚学はアイヌ民族を文化水準の劣った劣弱な民族と断定しただけでなく、アイヌ民族の駆逐、撲滅を内国植民主義の到達点と考えていた。
言い換えればこれら北大総長、教授らは自らの学問の存立を支える理論的基盤としてアイヌ民族の消滅を説いた。

また国家は自らにのみ都合のよい近代法でアイヌの権利を剥奪、邪魔者扱いして内国植民主義を主導した。
国家の暴走を抑止し、その地域に貢献することではじめて大学の存在意義があるとするなら、帝国の冠が外されても尚、北大はアイヌを蔑視し、実験動物以下にしか扱わないみっともない現実がある。

今のまま弥生的、アングロサクソン的な自然を打っ壊し放題の無思想的行動による更に百年後の結末を想像すれば、子孫の将来を今のまま大学、政治家に託し続けてよいのだろうか。

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愚生の稚論は結局、慧眼の士、三浦誠一の世界観に帰結する。
三浦誠一の到達点は’破滅’である。

ただ三浦誠一はギリシャの壊れかけたパルテノンのアテナ/アテナイを象徴的に引用したにしろ、カムイであれ、ゲニウス・ロキ/genius lociであれ、そして先住異民族の神であったアテナ女神であれ、かすかな光明としても行間に残している。

同じく加藤周一氏は夕陽妄語Ⅶ、「神はどこにいるのか」の中で、科学と宗教的信仰の力とは、どこで矛盾し、どこで折り合うのかと、最後に世界を変えるためには、信仰なのかもしれない・・・」と深い想いを後世の宿題としている。

また論壇とは無縁なあるアイヌの古老の論がある。
その昔、川でアキアジを引っ掛け鈎で密漁するのが当たり前の時代、それを生業としたアイヌの古老はシマフクロウも昭和30年頃まで普通にそこいらを飛んでいたのを見かけ、啼き声は一升瓶に唇を付けて息を吹きかけたような野太い低音だったと教えて頂いたがもう昔の北海道には戻らないと寂しそうに言う。

古老が言う’戻らない自然’とは即ち自然の消滅、之即ち人間の消滅と云うが、どうやらそれを否定するだけの論を現代人は失いつつある。

まさに無/nothing、仏の云う無は得られるかも、或いは感じるかもしれない無であろうが、アイヌの云う無は、無すら無い。
無の問いすら無いとはいったい何か。

ここまで長々と駄文を連ねてしまったが、実践の伴わない知恵、哲学をひたすら活字に押し込め続けた我々縄文人の子孫は北海道森町の’鷲ノ木遺跡’と呼ばれるストーンサークルの置かれた、悲惨極まるを現況を前にして、せめて現代文明を疑い、あるべき現代文明の最低限のマナーくらいは感応できるだろう。

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