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2013年8月31日 (土)

田舎者の旅の流儀

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’道草’という単語がある、なんと語感の良いことか。
旅好きの愚生は行く先々で第六感を働かせ地図には載っていない道をあえて選ぶ、寄り道、迷い道、おおいに結構、正道をはずれてこそ大発見、出会いがあると今でも勝手に思い込んでいる。

アングロサクソンの国々の片田舎でもしかり。
ある年の昼過ぎのこと、田舎町のキャンベルリバー/campbell river/BC州で釣りを終え、腹が減ったので適当に海岸近くの林をくぐり、物置小屋に毛の生えたような薄汚い建物に飛び込んだ。
二つ、三つのきしんだドアをくぐるにつれて次第に音量が増し、不思議に思いつつも中に入ると、大音響とともにキンキラキンのライトに照らされた、若くてお美しいダンサー嬢が例の鉄棒相手にポールダンス/pole danceを踊り、そのステージの真ん前では髭面の、薄汚い作業衣を着た漁師もどきの若い男が、そのステージに寄り掛かってお皿をダンサー嬢のハイヒールと、何故か落下したブラジャーの間に置き、踊りに無関心、無表情で上を見ずスパゲッティをほおばっているといった原風景、これまたカナダの大自然の中の自然な生態の一コマに出っくわす。

またトラベルとトラブルは付きものとは全くその通りだが、その際も多くのアングロサクソンは笑顔で手を差し伸べてくれる。
ある年のこと、生まれてこの方、笑ったことなどないのではないかと思われるほど厳つく彫の深いお顔に加え、顎ヒゲと胸毛の境い目のない、むしろ類人猿に近いとおぼしき多毛の大男が助け舟を出してくれたことがある。
ところがどっこい、’一体どこから来たんだ、腹減ってないか’等とお顔とはまったく不釣り合いなうれしいお言葉が並び、去る際にはありったけの笑顔とともに、’また会おう’、の言葉をいただく一期一会は無知で無礼な旅人にとって実に心地よい、そして人を人相で判断してはいけないことも教わる。
笑顔が素敵で多弁、多食、酒好きで時間にルーズなアングロサクソンの民族性は南北緯度が高いほど味わい深い。

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ところがである。
北海道は道南、日本海側の寒村、小さな漁村を旅するとアングロサクソンにみられるある種のおおらかさはまるでない。
逆に思いやりを欠き、ときに排他的でさえあり、愚生の悪人相ゆえとはいえ、思慮を欠き、明らかな蔑視の視線がひそむ事さえある。
旅先での失敗談も人生の肥やし、その勲章は数知れないがそれを横で見下し、卑下するかの如くあざとく笑う御地の人々の行いは旅慣れた者にとっても決して愉快なものではないがつつしんで忍辱行の宿題を拝受する。

極東のちっぽけな面積の中でそれぞれが米粒のように散らばり、閉ざされた社会がある。そこで内人、外人との不平等な関係が何百年も連続すると無意識にあらゆる人間関係を他者との上下関係に還元してしまう思考法が生みだされたのだろう。
その思考法は19世紀までは至極当たり前のことだったにしても、dnaに組み込まれ今に継代されているようにも思える。

そのdnaは日本海側の寒村、漁村に限らず、現代の日本を代表する実業家、財界人の言動からしても、大なり小なり無自覚に共有し、それに利権だの、既得権が絡むと国会の大半の先見性を決定的に欠いた居候から、果てはアカデミアの住民から原子力村の村民まで、その思考法は明瞭に、かつみっともなく炙り出されるのは見るに忍びない。
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しかしそれをつまり、諦観を含んだたくましさに裏打ちされた守備的、保守的な思考法を是非論のみで論ずることもまた愚かな事だろうが独創性のある大胆な発想には蓋をする。
周囲が怒涛の如く変化しても打って出ない、そしてこもる、ただひたすらこもる、やがて海山の資源が枯れるとあらゆる再生産力は落ちるのが当たり前、よってご老人が相対的に増加し、いずれゼロに近づくという図式は小学生にも想像しえる。

現に数千年の歴史を持つアイルランドを含むヨーロッパの極北に近い島々の中には文化の消えた無人島が点在するのを見ても、歴史のもつあがない切れない大きな流れを否応なく叩きこまれるが、維新以後の北海道で、しかもたった百数十年しか経過していない日本海側の寒村、漁村に限らず、GDPのトップランナーを目指して1,000兆円の借金を抱えこんでしまった日本の中では今、じわじわと無人島に近づく恐ろしさに、まだ誰も声には出さねど多くの人が怯えているのは確かなようだ。

いつまで続くのか、あるときの米の飯的無思考と、出る杭を打ち過ぎる愚思考。
ついでながら加藤周一は日本人の思考法を多勢順応主義の内面化と言い、諭吉は’多勢に従ふの趣/おもむき’とそれぞれが見事に言い表した。

ようは、皆さんご一緒に行くことが重要であるとする、ある種の美学であってなにをするかは重要ではない。

もちろん処方箋はその逆に潜む、にしても・・。

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2013年8月16日 (金)

知ること、解ること

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ある種の現代人とうぬぼれる輩はときにみみっちく、しょぼくれた罪を犯すことがある。
東大教授の研究費流用詐欺罪もその端くれである。
研究者は自らの名を研究論文に残す、ところがアカデミアに潜む悪癖のひとつに、名を残すための研究がある。

余談だが、木喰さんがいた。
江戸期のスーパースターお坊さんである。
後世の識者らは木喰さんを宗教者、仏師、遊行僧などと細切れにしてのたまう、よって本来の旨味を薄め、ややこしくしてしまうが大ファンである愚生は勝手に’坊主’でいいと思っている。

出家とはもちろん、この世に家を持たない、無住心に活きてゐると柳 宗悦は残している。(柳 宗悦選集/第9巻、p47-48より引用、以下も含む)
佛土に木喰さんの家の凡てがあるという。
火食する身をもたず、晩年には五行を僧名に加え、木喰五行を用ゐたともある。
その意は終身、五行戒を守るという、中身は布施行、自戒行、忍辱行、精進行、止観行の五行で難解なtechnical termが並ぶ。
関連して’つつしみ’の意味を以下の句で深く、明解に説いている。

   つつしみは 五行の道の 極いかな
   
   ならべて見れば 五かひ なりけり

更に自叙傳には’菩薩’の二字を書き加え、木喰五行菩薩としている。
’菩薩’とは学を求めんと志す有情とさす。
上は菩薩を求め、下は衆生を化す者は皆、菩薩である、佛道に志すほどの者は菩薩であらねばならぬ(ママ)、とある。

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身の危険すらも修行とし、北は北海道の熊石、江差にまで訪れて下され、材に佛を彫られた。
後世の人はその仏様を木喰仏さんと愛着を持って呼び、それらは円空仏同様にお医者さんであり、薬剤師さんを意味する薬師如来もあるやに聞く。
開眼祈願を終えると木喰仏をお堂に安置し、すぐに次の修行地へと向かう、白道などのお弟子さんも時に同行したとあるが殆どは杖を片手に一人旅の苦行、よって木喰さんの名も忘れられる宿命にある。
しかし木喰さんは地元民にとって、命を賭してはるか遠方より来てくだされた精神的な権威だったに違いない。
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聖と俗の混沌に迷う宗教者がいるのは古今、洋の東西を問わずとも、俗があってこその聖でもあろうか、控えめながらも木喰さんは酒と温泉を好んだと書かれているが愚生には何故かホッとするプラス一行でもある。

愚話を元に戻す。
研究者はこぞって自らの名を論文に残す、そのペーパーの質と量がアカデミア、所属する学会、或いは社会でステータスシンボルに変わる。

木喰さんはステータスシンボルを五行戒の中の自戒行に触れると考えた、自叙傳には行く先々の大寺で住職の役職を懇願されるも固辞、老域に至るもおんぼろ服とまとい、数本の彫り道具を持ち、衆生を少しでも救済するがために、お辛い旅を自らの修行として全国を廻って下さった。

愚生は信仰の意味をいまだに解せない、ましてや’帰依’などとは理解不可能、また神仏、キリスト、アッラーに対する世間様のいう信仰心など殆どないに等しいが、まみれていない木喰仏さんの’つつしみ深い’笑顔に引き付けられる原点はそこにある。

木喰さんはしっかりと21世紀の今を観ていた。

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