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2013年10月31日 (木)

六文銭を持って

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書棚で眠っていた、ある坊さんに付いて書かれたかび臭い古本がある。
その坊さんは自身を振り返って、軍国少年が予科練で生死を彷徨い、焦土と化してしまった家は勿論なく、家業はばらっく建ての小屋で一杯が35円のラーメン屋を始めとして、自身は闇ブローカー、株屋、と社会の荒波、修羅の世界にあえぎ、のたうちまわり、揚句には妻の自殺と続いた’落ちこぼれだった’と回顧している。

やがてその主人公は阿闍梨に変わる。
毎日、午前零時に起き、二つの滝で身を浄め、死に装束の白い浄衣に、死出紐を肩から下げ、自害用の短刀を腰に、蓮華笠の紐に一文銭を六個、更にはどこで行き倒れになってもいいように十万円の葬式代を懐中に、「行き道は いずこの里の 土まんじゅう」の句を肌に秘めて、である。
そうして一日40kmを一人で小田原提灯の火だけを頼りに、黒闇の峰道を一木一草に至るまで仏性をみて礼拝して回る。
朝7時過ぎに戻り、わずかの食事後、諸事をこなし夜9時過ぎに床に入る、よって睡眠時間はわずか2,3時間という、まさに粗食と僅かの睡眠時間での荒行を七百日満行した当日より、更に辛い、生死を賭けた「堂入り」と言われる行で九日間の絶食、不眠不休で法華経、真言を唱える。
その壮絶なありさまは曰く、「三、四日頃より死の臭いさえ漂い、点々と死斑が現れた」と述べている。

無事、お堂より出てきたそのお姿は他者には見るも無残で、顔は憔悴、頬はこけ、眼窩は落ちくぼんでいたが、瞳は澄み、表情には人間の顔を超越した不思議な輝きと静謐さがあった。
千日回峰のうち、七百日までの行は自利行、「堂入り」後は衆生の幸せのために祈る「利他行」とされ、天台信仰の意義はここにあり、次の一行には
「悪事を己に向え、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」とある。

以上、(生き仏になった落ちこぼれ/副題は酒井雄哉大阿闍梨の二千日峰行/長尾三郎著/講談社よりすべて引用)。

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この坊さんは六文銭を持って逝った。
中世には最澄、道元、法然、親鸞などが個性的なそれぞれの思想を携えて世に出た、同じく21世紀には酒井雄哉さんが簡明なる言葉を持って世に出た、しかしこの坊さんは大阿闍梨という、現代に於いてある種ステータスシンボリックな役職を欲していたわけでは決してない。

比較は誤っているのかもしれないが、その目的を例えば、川端康成は文人の美学の中に追い求めたように、この坊さんは苦行の主目的であろう、ご自身の途轍もなく重い一生の問いと葛藤し続け、果たして自己相対化出来たのだろうか。

川端康成は若しかして、達しなかったのではないのか、だからこそ・・・の疑問を懐く未熟者の愚生には宗教人、文人の心の闇はとても興味深い。

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