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2013年12月 6日 (金)

ペルソナの行方

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十勝は広尾町の寒村に場違いとも見える豪奢な中川一郎記念館がある。
その閑散とした記念館に一度入ったことがある、しかし事務方もおられなかったので、早々に退散したが、そこを通るといつも以下の事が脳裏をかすめる。

当時、自民党中川派の幹部だった石原慎太郎を『国会タイムス』という新聞が攻撃し、それを心配した中川一郎が同紙の発行人であった五味武に「秘書の鈴木宗男が石原慎太郎を連れてそちらに行くから、会ってやってくれ」と依頼する。
石原慎太郎よりひとまわり以上も年下で、一介の秘書に過ぎない鈴木宗男は「慎太郎、五味社長に、頭を下げろ!」と言い、本人はぺこりと頭を下げた。(田中角栄になりそこねた男/大下英治著/講談社より引用)

時は1982年、30代前半の鈴木宗男という鼻ったれ秘書に五十歳に届かんとする国会議員の石原慎太郎が呼び捨てにされた、こういうのを屈辱というのか、高慢な右寄りのイデオロギーを好き放題にのたまう裏には強者にたなびき、弱者には傲慢な姿勢があることを如実に示す。

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また、三島 由紀夫の石原慎太郎評がある。
以下、三島 由紀夫の弁である。
「僕はいやしくも文学者です。政治屋に堕落した人間とは口もききたくない、石原慎太郎君が文学者として話ししたいというなら、多少の余地はあるかも知れないけれど、新聞を読んだ限りでは、もう彼は別の世界の人間だ。文学者としてのぼくが、石原君との同席に耐えられません」(許されざる者/佐高信著/毎日新聞社/p,140より引用)。
三島 由紀夫の母、倭文重/しずえに漏らした一言とは異なるがこれは正しく、石原慎太郎に対する最大級の酷評と読める。

後に石原慎太郎は性懲りもなく、「三島 由紀夫の日蝕/新潮社」を出版するが、知人とはいえ、必要以上に故人のプライバシーを論う運筆には、本来一流作家の行間に漂う、深淵な洞察を含む、いたわりの情の欠片すらもない。
さらにその後も無定見に自己顕示的な大言を連ね、裕次郎の人気にすがり、売らんが為なのか三島を再利用する手法の裏には風向きを的確に読む、漂流中の一人航海士的生命力は認めるとしても、一流の船頭には到底なれっこない狭小な度量を晒す。

また政治家としても、小心者特有の姑息な腐臭が漂う。
空っぽのポピュリズムを煽って政界入りし、日本の政治を引っ掻き回す無責任な脚本家を演じ、火の粉が振り掛かりそうになれば逃げの一手と、まるで東京裁判のA級戦犯の如くに、これこそは石原慎太郎の称える、見えない制度としての、天皇主義であり、陳腐で安っぽい言葉、文字をのうのうと羅列するだけの彼にとってはまことに好都合なイデオロギーでもある。

好事例が、猪瀬直樹の徳田毅議員から五千万円受け渡し問題ではなかろうか。石原慎太郎は選挙戦でよく徳洲会の徳田虎雄と一緒に演壇に立つ盟友として知られる。だが昨今の、猪瀬直樹の五千万円受け渡し問題にはなぜかだんまりを決め込む。
またマスコミも石原慎太郎、徳田虎雄、猪瀬直樹のトライアングルに対して何故か、石原慎太郎だけを取り上げないのも妙である。

ならば相応しいお言葉を並べてみようではないか。
いつ出て来るのか慎太郎、サル山のボスザルでさえ勝負時はわきまえている、慎太郎をサルに例えるのはお猿さんにたいへん申し訳ないが、だんまりを決め込むにも時合がある。

さては赤っ恥を連発する子飼いの猪瀬直樹を自らの生贄にする魂胆か!

コラッ慎太郎、出てこい!!

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