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2014年12月27日 (土)

stap細胞奇論

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西田幾多郎の有名な一行に「生物の現象は形成作用である、と云うのはつまり時間的なものが空間的なものを組み立て、形成して行くことである。時間が自己中心として空間を形成し、色々の形が出来る。之が生命である。
生命は時間的に動き、空間との関係は即ち生物と環境との関係である。生命は環境と対立している。しかも矛盾的自己同一がなければならない」とある。
<西田幾多郎日本論集、国の巻p,24より引用>

認識の連続が自覚、純粋経験そのものの自己展開が自覚だと、西田幾多郎はいう。
更に上田閑照は、’自覚とは世界の動きになれ’、と諭す。

青学の福岡伸一は、自覚の無限の繰り返しと、生命の概念は同じだとして、生命を動的平衡/dynamic equilibruimといい表わし、物質の無時間に対する生命の時間的な動きを、危ういところを含みつつも、見事に提唱している。

’時間的’の対極に’初期化’という、ある種の逆時間、それが小保方晴子さん等の挑むstap細胞らしい。

成功すれば理論上、組織が古くなればとっかえ、臓器に異常が見つかればひっかえ、望めば先祖返りさえ可能な手法、それを手塚治虫は漫画という手法で、アトムの破損した頭を交換してみせた。
今更ながら、手塚治虫の先見はお見事、但しそれは夢か、忠告なのか。

新しい哲学が待たれるのか、

それとも人が狂っているのか。

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