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2015年8月20日 (木)

盗聴されたか

2008年、秋、早朝
何冊かのほこりにまみれた古いパスポートの中に、ジュネーヴ/geneva滞在記録を見つけた。
不鮮明ながら、査証のスイス/switzerlandの出入国審査印は1993年12月とある。
たしかジュネーヴ、インターコンチネンタルホテル/intercontinental genevaに上さんと滞在中の事、ホテルロビー、ジュネーヴ市内レストランなどで、やけに多くの日本の大物政治家に出くわした記憶がある。
滞在中、マス釣りを楽しむ時間はなかったが帰国後、そのホテルでウルグアイラウンドが開催された事を知らされ、後々盗聴疑惑が持ち上がったホテルでもある。
思い起こせば、ホテルの部屋から日本へ電話をかけると、その時に限っておかしな雑音がとぎれとぎれに聞こえた事を今でも妙に憶えている。
或いは御地の電話事情だったのかもしれない、仮に盗聴だとしても他愛のない会話で、諜報員はさぞかしガッカリしたに違いない。

cell ph,windows95、€もまだ無かった頃の諜報員はさぞかし忙しかった事だろう、ご苦労な事である。
時はアナログ時代真っ盛り、ホテルの一室に何人ものCIA and/or NSAか、知った事ではないがそれら諜報員が籠もり、日本人の滞在する全ての部屋の電話をかたっぱしにヘッドホンを装着しながら、テープに録音する作業を汗だくでやっていたなどと、スパイ映画もどきを想像すると、笑いが込みあげてくる。
アイザック・ウォルトンの気分で
昨今のアメリカによる世界規模の盗聴疑惑は日本にまで及ぶが、そもそもお互いの情報戦は、表には出ない。
幕府の隠密も、諸藩の間者も、今に至っては面白おかしく記録に残り、その情報戦は虚実入り混じった凄まじさと共に、三流週刊誌的な面白さも含む。

盗聴疑惑を指摘されたアメリカは当然の事ながら曖昧にして、すっ恍け、したり顔の被害者を装う日本政府の抗議もやや力加減を抑え気味なのは、へつらい根性丸出しか、それとも日本もやっていたのか?

古来、情報は欲しいに決まっている。ばれなければそれでよしの世界、問題はその手段だが、情報戦を含む戦いに日本的美学を求めるのは、ある程度は後世の脚色にしろ、塩止めをくらった武田に、塩を宅配した謙信の美談も、その裏には沢山の間者が蠢いていた事は想像に難くない。

情報戦の手技、手法における合、非合法はさて置き、井戸端的には、日本には作戦中枢にたくさん上がってくる情報の処理能力に今でも致命的な欠陥がありやしないか。
例えば文部科学省。
下村博文文科大臣をはじめ、森喜朗ら木偶の坊だらけの、掃き溜めの如き文科省に至っては、情報処理能力は子供以下、山勘で湯水の如く浪費し放題となる。
与作の川渡り!
同じく、第二次大戦末期の8月に至ってもなお、「神の国だ、負けるはずがない」の大義で本土決戦を真顔で主張した陸軍参謀に至っては論外、もしも本土決戦をやっていたなら戦後史は大きく変わり、今の経済成長は見込めなかったばかりか、北方領土だけに収まらず、北海道の半分までもがロシア領となっていた、の仮説もうなずけないわけではない。

現代の評論家、史家らはそれをして組織論、人材論に誘引しようとするが、それは極東で四海に面し、進化を忘れた気楽なパンダのような、日本人的原風景なのかもしれない。

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2015年8月 3日 (月)

ブリ釣りのある風景

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2015年7月30日、早朝の積丹、余別来岸港。
ブリ釣り師の多くは30代前後で、短パン、半袖に、似通った帽子、靴といった出で立ちの集団があちこちの釣り船に乗船する。
愚生には、何故同じファッションなのか理解出来ないと言うよりも異様な光景と映るが、彼らは西洋由来の釣法であろうジグ、ミノーを上手に使い分け、加えて英語圏では通じそうにないトップ、フォール、ソルトウォーターなどtechnical termsもどきが、笑い声と共に船上に飛び交う。

お仲間内ではそれがきっと共通の言語であり、ある種のsubcultureとしても、愚生には、言語を抜きにしてもアメリカ、カナダの船上では、先ずお目に掛かれない珍風俗とお見受けする。

彼らを揶揄する気は更にない、しかし全員がそろって釣り雑誌から飛び出て来たかの如きファッションは、日本人ならではのいまだ脱皮出来ない横並び主義的嗜好の表れなのか。
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嗜好と言えばミュシュランなるフランスの三流のタイヤ屋が出版するミシュランガイド誌なるものに、いまだに群がる幼稚な社会現象、フランスと名の付くものには盲目的に飛びつくのもまた、日本的原風景にして、その感性の成長しきれぬ田舎性を、あるフランスの知人は、西洋に対する東洋人の劣等感の現われと、thumb downしながらにやけるが、そもそもフランス如きに出しゃばられる様な日本では、ちと寂し。

繰り返すが、たかが西欧的釣り如きに、あたかも統一された服装と、その意味不明な英単語の珍妙なコラボレーションを彼らは生真面目に演じる。
それは大正期に最先端のファッションであったろう、着物にカンカン帽の尻っぱしょり姿が似合いの、ももひきオヤジが新調した革靴をして’シュンズ’とのたまった珍事と似る。
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では何故釣りに、英単語が用いられるのか、の問いに勝手に以下のことを挙げてみよう。
近代化という変革期に諭吉は、アメリカ、イギリスの中産階級社会を手本とし、鴎外はミュンヘン、漱石はロンドンに習った。
言葉のプロである彼らの深奥に共通して宿っていたのは、積丹の若い釣り師と同じく、’西洋’であった事は否定できない。
しかし日本人としての誇り、虚栄心が’西洋崇拝’という直接的で、露骨な表現を避けたに違いない。
文明に優劣を持ち出したところで無意味だが、愚生は21世紀の今に至って日本人の’西洋崇拝’は既に消去されたものと考えていた。
だが現実はより以上の’西欧信仰’にまで高めたいようである。

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