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2015年9月28日 (月)

ある老船頭

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東方に陽が昇る。
頃合いになると、海と空は輝きを見せはじめる。
老船頭は柔和な表情を取り戻し、釣り人にとっても心の弾む一時でもある。
船上でエラコの鞘を剥いていると、’いいよー’と老船頭からの一声を合図に、釣り人は水深25mの海底目指して、オモリ80号の仕掛けを投入する。
潮流が速いのはいつもの事、船を上手に操って、船頭だけが知るポイントをゆっくり、潮に合わせると、すぐに大きなカレイが釣り竿をひん曲げて上がってくる。

数十分ごとに潮の上に移動し、何度も同じポイントをひたすら流す、俺たちはこれを’起こす’と云うんだ、と胸をはった。
これが船頭の流儀であると言わんばかりに。

余談だが、記憶に残る一事例がある。
同船した、ある釣り人が誤って指に釣り針を貫通させてしまい、激痛に顔がゆがんだ。
余りの酷さに周囲はざわつき、直ちに帰港しようとあいなったが、老船頭は鉗子ならぬ、錆びたペンチを持ち出し、無言でふるえる患指をつかみ、慣れた手つきで出血、疼痛も伴わずに、なんと簡単に抜去してしまったではないか。
余計な事は言わず、ただ眺めていたが、刺入しただけでも大変なのに、貫通してしまった釣り針そのものを切断することなく、抜去する高い技術はかなりの症例をこなさなくては、そうそう習得出来るものではない。
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昭和のはじめ、代々続く漁家に生を受けた男は、何事にもこだわらない、ただ水平線を見る時だけは、その眼光が鋭くもあり、味わい深いものがあった。
頑固一徹なまでの清らかな心は船頭の哲学だったのか、釣り人を喜ばすのが俺の人生と宣い、、多くの釣り人から慕われ続けた男でもあった。

やがて西方に陽は沈む。
他者の歓びを己の歓びと、他者の悲しみを己の悲しみとし、自らの努力で信頼という勲章を得た男だけが持つ、清々しいまでの生き様は、西方浄土でも変わらないだろう。

また船に乗っているに違いあるまい、弥陀ともども。 

                                瞑黙

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コメント

船頭のご冥福をお祈りします。
もう一度乗船してカレイ釣りをしたかったですが、叶いませんでした。

投稿: 北遊人 | 2015年10月 8日 (木) 19時16分

深夜に来られたある釣り客が、出港前に行方不明となり、釣り竿だけが残っていた事などから、老船頭は毎日、何か月もかけて御一人で探され、遂に近くの砂浜で遺品を発見され、ご遺族に返された事をしんみりと語っておられた事が、思い起こされます。

65㎝のイシモチとデカイタコともども。

投稿: よさく | 2015年10月 8日 (木) 22時03分

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