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2015年10月13日 (火)

ノーベル賞のムダ話

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1980年代の中頃だったか、Merck社がすごい薬剤の開発に成功したとの一報を受けた年、new orleansのコンベンション会場へと向かった。
前もって、アメリカのMerckとも何度か連絡を取り合ったが、毎度の事とは言え、往時の国際通話料金は高額だった。

会場にはpfizer、Bayer、そして今はなきSchering-Ploughなどと並んで、Merckのブースだけはさすがに異彩を放ち、世界各国から集まった専門家らの、お国訛りのある流暢な英語が微笑ましいなどと言ったら失礼だが、発音の良否など一切関係なく皆、真剣であった。

さて、予約時間通りに着くと、ネームプレートを見たMerck社員は挨拶後、これはある日本人が発見し、我が社が特許権を破格の値段で買い取り、開発した薬剤だと明かしてくれた。

そのMerck社員の顔には、自信に満ちあふれた表情と共に、日本人研究者はなぜ、宝物を手放したのか?といった疑問を抱いた表情が複雑に入り混じっていた。
何故なら、アメリカでは自国の有する特許権を海外に売り渡すことなど到底考えられない事であり、彼らはお宝と共に、或いは日本人のプライドまで手放したと判断したのか、さだかではないが、日本人研究者を、理解できなかったに違いない。
Merck社の疑問は愚生にも痛いほど分かる、だが自然科学にnationalisticな論は似つかない、よってこれ以上は立ち入らない。
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当然の事ながら、mammals parasitologyは激変し、地上の人を含む生物には、およそ革命に近い薬効を発揮したことには間違いなく、しかも耐性株が長期にわたって出現しなかった意味でも優れた抗寄生虫剤である。
しかし、村上龍の単語をお借りすれば、共生虫もターゲットとなり、異論も少数ながらある。

下世話な話だが、Merck社によってivermectinと名付けられた本薬剤は後々、巨万の富を生む。
’若し’を持ち出すのは売れない史家の常套句にしても、’若し’日本で開発していたならば、などと考えるのは、止そうではないか。
所詮はハズレ馬券に寄生する、恨み節程度のもの・・・。

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