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2017年3月 6日 (月)

フェイク&ポストトゥル-3

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まえのブログの続き
挙句に韓国では日本の首相を呼び捨てにするのは当たり前で、日本に対しては何を言っても、やっても構わないとする朝鮮人のむきだしの思考方式は、更に嘘で塗り固められた’強制された慰安婦’をして、毒気をはらむ’性の奴隷/sex slave’と変換し、世界中にばらまいた。
それで韓国人は自尊の念を抱き、何故か狂喜するといった、不可思議なリワード・デリュジョン/妄想的報酬によるところの稚拙な集団行動は、ポストトゥルの典型的な例にほかならない。
これでは日本の国粋主義者らの血が騒ぐのもうなずけるし、冷静な自制心をもつ日本人もすでに我慢の閾値を超えているのではないか。

また中央日報、朝鮮日報web日本語版の2紙ともに自国を一等国、先進国と自賛しているようだが、政治、経済、科学分野の記事には日本に対して恨み、やっかみが滲み出ているのは、隣人としても忍びない。
それは単に自国民へのストレス負荷に過ぎないのではないのか。

今、日本では国と国、民族と民族は平等と教わるが、韓国では反日を声高に叫ばないと国会議員になれないお国柄、同じく過激な反日記事を書き連ねないと売れない新聞等々、まるで時計を止めてしまうが如き、韓国のみっともない国体は目に余る。
逆にTHAAD/ミサイル防衛システム配置による、中国から受ける数々の屈辱、露骨な嫌がらせには、卑屈なまでにだんまりを決め込むという、なんとも正反対の国体も内在するといった、整合性を欠いた民族性をいったい、どのように理解すればよいのだろうか。
或いは諭吉が心を痛めたのも韓国人のこんな民族性にあったのでは、等と勘繰りたくもなる。

今頃になって韓国内では、慰安婦報道は’嘘だった’の認識も一部のまっとうな韓国人の間には芽生えつつあるようだが、もう片方には’国民情緒法’なる、法律もあるから、さらにこじれる。
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これもまた、実にたちが悪い。
信じられないことに韓国では、法律の決め事よりも、自国民の感情が優先されるという、自らの社会の根幹となる決定事項すらも、感情によっては否定しても構わないことを意味する。

ならば当然、問いが生ずる。
ある集団の中で意見が二分した時、声のデカイ奴か、態度の横柄な奴つが勝つに決まっていることは小学生にも分かることだが、いったい誰の感情をもって、誰が感情的に裁くというのか。

さらに韓国人の民族性として、時には理性の否定も平然とやってのけ、自民族意識にそぐわなければ、平気でウソをつく習い性も兼ね備えていることは、日本に指摘されるまえに、何より上記2紙の認めるところでもある。
韓国ではもしや、ウソも日常的感覚の中に組み込まれているのだろうか、いやはや中世より進化をお忘れのような、何ともおぞましい生態を晒している。

韓国人が自らに突き付けてしまった、理性と感情の問いでもあろうが、これから国家として存続しえるだけの智慧、冷静さはあるのか、加えて今後の軍部の動きは?

朝鮮人を揶揄する気は更にないが、南北朝鮮の更なる経済、政情不安による、もしや朝鮮人難民、密入国者らがまた、他人の国へ土足で上がり込んだり、無分別に大挙して押し寄せて、例えば東海大学の金慶珠とやらの如く、傲慢に何らはばかることなく、ケンカ腰で、朝鮮人にも参政権をよこせだの、税の免除だの、噴飯ものの利己主張をなされたなら、などとは考えたくもないことである。

ほどほど懲りてしまった日本人は今、失笑と諦め顔で傍観するが、病み、混乱する韓国は果たしてここから何が生まれ、何を失うのか。

続く

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